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第16話

馬小屋から図書室へと戻り、チルの部屋で昼ごはんをとることになった。 今日は、チルが作ってくれた弁当を一緒に食べる日。ずっと楽しみにしていたはずだったのに、マイロの心はまださっきの動揺を引きずったままだ。 「今日はね〜、またトマト料理にしちゃった。結婚式も終わったし、ジーク、トマト苦手だからそろそろ控えようかなって思ってたんだけど」 「ジーク?」 思わず聞き返してしまう。チルが陛下のことを『様』なしで呼ぶのは、珍しい。 「あ、あっ……ジ、ジーク様……」 赤くなって言い直すチルに、マイロは小さく笑った。 「大丈夫だよ。夫婦なんだから。そう呼んでるんだろ?」 「うん……。実は、モーリス様に言われたんだ。『いつまでも様をつけて呼ぶんじゃない』って」 「…またあの爺さん、そんなこと言ってたの?」 「えへへ……」 チルの笑顔に、マイロもつられて笑う。 『王である前に、そやつはおぬしの夫じゃろ?名で呼べ。そうせねば、本当に心を許したとは言えんぞ』 そう、モーリスに言われたのだという。 「……それで、今はジークって呼んでるの」 「爺さん、名言きた~。しかもなんか深い…!」 「最初はすごく照れたけど、今はけっこうしっくりくるようになったよ。ジークも、嬉しそうだし」 チルは少し恥ずかしそうに、首をすくめた。 「それにね……」 と、チルは少し真剣な表情で続けた。 「モーリス様って、王妃になるために、あれこれ試練を与えてくれたんだと思う。今では、その全部が役に立ってるんだ」 モーリスは、同性の王妃というだけで、いずれ周囲から余計な憶測や偏見を受けることになる。そうわかっていたのだろう。 だからこそ、誰もが納得するだけの実力をチル自身に持たせようとしていたようだ。 そして、王妃としてふさわしいかどうかではなく。誰よりも信頼できる人物であるかどうか。それを、誰よりも早く、モーリスが証明させようとしていたのだ。 『男とか女とか関係ない。王の隣に立つ者には、立つだけの力がいるんじゃ!』 と、チルがモーリスの口調を真似ると、マイロは吹き出した。 「あはは、似てる!すごい似てる、チル!」 モーリスのこと、最初は意地悪な老貴族だと思っていた。夜遅くに図書室へ来たり、護衛を試すような行動の数々も、今ならわかる。 全部この国を守るための、確認だったのだと。 「……やっぱ、侮れないな。あの爺さん」 「うん。ジークも言ってた。あれは、チルの覚悟と実力を周囲に示すために仕組んだことだった…って」 「いやいや……わかりづらっ!」 「ふふっ。でもね、今では本当に信頼できる人になったよ」 「いや、爺さんの方はもう完全に骨抜きだぞ。チルや〜、チル〜って、結婚式の日は号泣してたし」 モーリスは、チルのまっすぐな想いと努力を見て、完全に溺愛枠に入ってしまったらしい。 最近では「わしの孫じゃ!」と誇らしげに言っている。 「チルはやっぱりすごいよ。全部受け止めて、やり遂げて、そしていま陛下の隣にいる。ちゃんと、王を支えてる」 「そんな……そんなふうに言われると、照れるよ。まだまだ勉強中なのに」 「いや、もう王の隣に立つことを、誰よりも果たしてるじゃん」 「……そうかな?」 「いいな……好きな人に認められるって。好きな人を支えられるって。…うらやましいな」 ぽつりとこぼれた本音に、チルが瞬きをした。 「……マイロ、それって……」 昼ごはんの途中、思わず出てしまった気持ち。チルが羨ましい。好きな人を支えられていることが、まぶしく見える。自分は、いつも、されてばかりな気がしている。 「マイロ……好きな人を、支えたいって思ってるの?」 「え、え、えっと……」 この流れで言ってもいいのか。 カイルとのことを。 「もしかして、カイルさん?」 「ひゃあああああ!や、やっぱり!?なんで!?聞いたの?誰から!?陛下!?爺さん!?カイル本人!?」 「ちょ、ちょっと落ち着いて、マイロ!誰からも聞いてないよ?ただ、なんとなくそう思っただけ」 そう言って笑うチルの顔は、いつも通り優しくて、あたたかい。 「チル……ごめん。実は……ぇと、付き合うことになった、カイルと」 「えええええっ!!ほんと!? 何それ! うわあああ!」 椅子から飛び上がるチルの反応に、マイロは逆に吹き出しそうになる。 そしてそのあと、ぽつぽつと、マイロは 二人のことを、少しずつ話し始めた。

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