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第18話
柔らかな光がカーテン越しに差し込み、室内にうっすらと金色を落としていた。
カイルの部屋。
最初は緊張して落ち着かなかったこの場所にも、すっかり慣れてきている。今では妙に落ち着くのが不思議だった。
もともとは自宅の水漏れ騒ぎで一時的に身を寄せただけだったけれど、修繕はとっくに終わっているらしい。
それでもカイルは「帰れ」とは一度も言わなかった。むしろ、言葉にせずとも『ここにいてほしい』と態度で示してきた。
そして今日から三連休。
この休みのうちに、正式にこの部屋へ引っ越すことを、マイロは決めていた。
「ケジメをつけろ」
それは、ジークがカイルに向けて放った一言だった。
あのとき、ふたりそろって呼び出された場で、ジークは真正面からカイルだけを見据え、低く、静かに告げた。
「王宮に暮らす者として、それがどんな意味を持つか。お前ならわかってるな?」
ジークの声は威圧ではなく、ただ真っ直ぐな責任の言葉だった。側近であるカイルが、同じ宮内に誰かを住まわせるというのは、それだけの覚悟と立場を問われるということ。
その言葉を、カイルは確かに受け止めていた。そして、怪我が治ったマイロもまた、ただ守られる立場でいるつもりはなく、覚悟を持った。
カイルがジークを真っ直ぐ見て伝える。
「……わかっています。俺にとって、軽い話ではありません。守ると決めた以上、責任は取るつもりです」
その言葉を聞いたジークは、国王としてではなく、長年の友人__親友としての顔で、静かに頷いた。
けれどその視線の途中で、ちらりとマイロのほうへ目をやり、口元にだけ、にやりと笑みを浮かべる。まるで、「全部わかってる」と言わんばかりに。
やはりジークは最初から知ってたんだと、マイロは布団の中で思う。
カイルの想いも、そして気づいていなかった自分の気持ちさえも、ジークはとっくに見抜いていたのだろう。
ゆっくりと目を開けた__
いつもより少し早い朝だ。隣では、カイルが静かな寝息を立てて眠っていた。微かに乱れた髪、穏やかな眉のライン。寝ているときだけ見せる柔らかな横顔。
マイロはそっとその顔を見つめる。
……もうひとつ。
簡単じゃないって、わかってる。
一緒に暮らすようになってから、何度もその空気を感じたことがある。今では一緒のベッドに寝ている。
でも、カイルは一度だって無理強いしなかった。ただ、待ってくれていた。
不安がないわけじゃない。恥ずかしいし、緊張もする。でも、それ以上に、この人を信じてる。好きなんだって、胸を張って言える。だから今日は、ちゃんと応えたいと思った。
そっと、カイルの手の甲に自分の手を重ねる。指先がふれるだけで、鼓動が早まる。
小さく、でも確かな声で、マイロは言った。
「……俺、逃げないよ。今日は、ちゃんと覚悟してる」
その瞬間、眠っていたはずのカイルのまぶたがぴくりと動いた。
「……聞いたぞ」
くすりと笑いながら、カイルが目を開ける。まだ眠気を宿したその瞳が、優しく細められた。
「もう……逃がさないからな」
そう言って、カイルはマイロの手をぎゅっと握り返した。
そして朝からふたりは引っ越し作業に取りかかった。
もともとマイロの荷物は少ない。身軽な生活をしていたのだ。カイルも手際よく動いてくれて、作業は午前中のうちにすべて終わった。
__もう、ここが自分の家になるんだ。
そう思えたのは、カイルの根気強さと、少しだけジークのおかげでもある。気づけば、背中を押してくれる人が、ちゃんといたのだと思う。
昼にはふたりで買い出しした食材で、簡単な昼食をつくることにした。
マイロが不慣れな手つきで包丁を握っていると、いつの間にか背後からカイルが近づいてきて、ふわりと腕を回してくる。
「……危なっかしい。貸せ」
「近いっ……ってば。これぐらい、俺だってできる」
言いながらも、包丁を持つ手に重なるカイルのぬくもりに、ドキドキが止まらない。
結局、カイルの手がほとんど進めてくれて、できあがった料理を並んで食べた。
「……おいしい」
「ふふん。俺のサポートが完璧だったからな」
「いや、俺が作ったからな?」
笑い合う。何気ない昼のひとときが、愛しくてたまらない。
その後、ふたりで昼寝。
マイロが先に目を覚まし、ぼんやりと窓の外を眺めていた。隣ではカイルがまだ静かに眠っている。
静かな時間が、少しだけ緊張を孕んでいる気がした。
……今日、きっと、何かが変わる。
自分の中で、うっすらとわかっていた。
ゆっくりと振り返って、マイロは言葉を落とすようにこぼした。
「なあ……今日、何もしないの?」
寝息にまじるような声だったのに、カイルはすぐに目を開けた。
「するよ。……ちゃんと、大事なことを」
その一言に、マイロの胸が跳ねる。ぐらりと心が傾きそうになる。
わかってる。カイルは、待っててくれた。ずっと…
夕食を終え、後片づけをして、部屋の照明がゆっくりと落とされた。
マイロが何も言わないまま立ち尽くしていると、カイルがそっと手を取る。
そのまま、ベッドへと誘われ、腰を下ろされる。
「……怖かったら、やめる」
「……ちがう。俺……カイルに、ちゃんと応えたいから……」
マイロの声は震えていたけど、目だけはまっすぐにカイルを見つめていた。
その視線を受けて、カイルは優しく微笑む。
「じゃあ……全部、包むよ。お前が不安じゃないように、ぜんぶ俺が受け止める」
言葉のひとつひとつが、心の奥をそっと撫でるように染みわたる。
キスをひとつ。
もうひとつ。
角度を変え、深さを変え、やわらかく、じんわりと体温を伝えるように。
「……カイル……っ、あの……」
「大丈夫。ゆっくりでいい」
マイロの不安も、迷いも、全部を見透かしたような目で、そっと抱きしめられる。
「マイロ、好きだよ。大好きだ。……全部、俺だけのものにさせてくれ」
マイロの胸が、今までになく大きく脈打った。
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