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第18話
「ここでいいわ」
無法地帯。そう呼ばれる地区の近くの小さなアパートの前で、メアリがそう告げる。くたびれた古いアパートで、まだ夜はふけていないというのに物音一つすらしない静かな地区だ。
アパートから目を逸らし、少し目を凝らせば見えてくる壁。そそれは、戦争孤児と呼ばれる子供たちが大きくなり、戸籍がないままアメリカで暮らしている人達が暮らす町と、アメリカ戸籍を持っている者が暮らす街を分けるための壁で、無法地帯で産まれた子供たちは当たり前だが戸籍はない。
故に、犯罪者にされやすく、また、犯罪者が蔓延る町が無法地帯だ。
「へー、女性がこんな所で一人暮らしなんて、珍しいな」
「別に、慣れたら普通よ。」
住めば都か、と思い頷く。
「じゃあ、ここで」
「えぇ、おやすみ」
「おやすみ」
手を振って背を向けると、メアリが直ぐに階段を登っていく音が聞こえた。
その音を聞いてスマホを手に取る。そこにはいくつかジャックからの着信が入っていた。ため息をついて電話をかける。
数回のコール音のとち、ガチャりと音がする。
「もしも.....」
《「てめぇ!今何時だと思ってんだよ!」》
キーンとする耳を押さえながら、未だに罵声が聞こえるスマホから耳を離す。
「ジャックも家にいなかっただろ」
《「うるせぇ!なんで帰ってきたらてめぇがいねぇんだよ!」》
「はぁ!?俺もいつも家にいる訳ねぇだろ!」
《「家にいねぇし!電話に出ねぇし、俺が、どんだけ心配したと!」》
「はぁ!?お前に心配される筋合いねぇよ!」
《「あぁ!?いつ、お前が.....」》
「あ?なんだよ」
《「ッ〜〜〜〜!!チッ!」》
ブチッと通話が切られた音がする。
「っ!舌打ちしてぇのはこっちだバァカ!」
聞こえないと分かっていてもスマホに叫ぶと、イライラしながらポケットに突っ込む。なんでいつもいつも家に居なきゃいけねぇんだよ!俺は、てめぇの彼女じゃねぇんだよ!
だいたい!お前はいつも女もんの香水付けてきてんだろ!くっそムカつくんだよモテやがって!
「ヂッ!!!」
石を大きく蹴って川に蹴り落とす。それでもイライラが収まらないまま少し大きな道に出る。それでも、まだまだ治安が悪い道なので、辺りを警戒しながら歩くが、いつものような品定めされる視線は来ない。
首をかしげながら目の前の男が見ている方向に目を向けると、そこには黒塗りの高級車が止まっている。
「トリーツァ.....」
トリーツァ?と首を傾げてそちらを見ると、息を飲む。高級そうな服に身を包んだ彼女は、メアリが霞んでしまいそうなほど綺麗な女性だ。少し幼いが、女王、いや、女帝を思わせる雰囲気が伝わってくる。
イムピラトリーツァ。
ふと、ロシアの言葉が頭に浮かんでくる。女帝の意味を持つその言葉、彼が呟いたのがその言葉だと自然と理解し、納得する。女帝、まさにそれが似合う風格を持っている。
そして、何よりも驚かせたのはその顔立ち。異国の、確かに白人の血が入った顔立ちだが、どことなく黄色人種、日本人の顔立ちが見え隠れする。
真っ黒な漆黒のつややかな髪がゆれ、大きな瞳がこちらを射抜く。無意識に顔を強ばらせ、体が反応する。
多分、なんてものじゃない、確実に、絶対目が合っている。緊張が体に走る。が、彼女は微笑むと直ぐに向き直る。
え?
呆気に取られてそのまま眺めていると、彼女はそばにいた男に連れられどこかに入っていく。
「ははっ、まじか」
ぞわりとたった鳥肌を撫でながら自分を笑う。久々にバクバクと鳴っている心臓を沈めるために深呼吸をすると、微かに冷たい風が肺の中に入ってくる。
まさに女帝。メアリから教えてもらった情報を思い出しながら照らし合わせるが、こんな町を収められるのは彼女しか居ないだろうと妙に納得する。そして、彼女がこの州をまとめているチームのボスということに完全に納得する。
彼女なら横にいたいと思う、彼女のためならチームの傘下になりたいと思う。そう無意識に思わせるような女帝だった。
「親がマフィアとか関係ないな」
うんうん、と頷き妙に納得して歩き出す。
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