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第19話
鍋でミルクをかき混ぜる。ポコボコと沸いてきたので火を止める。そのまま少しの間、スプーンでくるくると混ぜてから横に置いていたマグカップに注ぐ。少量の砂糖とはちみつを混ぜ、適温になったコップを持ってリビングの方を見る。
リビングでは大きなテレビ画面でバスケの試合が流れており、そこの前のソファには悠々と座るこの家の主。いつもは、少しでも視線を向けていたら気づくのに、集中して見ているのか全く気づかない。
こくんとホットミルクを飲む。今は夏になり始めで、季節的には合わないが、何故か無性に飲みたくなる日があるのだ。
あっち、と少しだけ思いながらリビングの方に足を進める。スマホスマホ、と思いながらリビングを見渡すと、ソファの前のテーブルに置いてある。ジャック、と名前で呼ぼうとしたところで止まる。集中しているのを邪魔するのは悪いと思い直し、ソファ座る。
テーブルにマグカップを置き、スマホを見ると、メアリから連絡が来ていた。内容はグレイの事の相談だったり、いい店の紹介などの雑談だ。
——グレイったら信じらんない!呼び出しておいて既に他の女と爆睡中よ!
という言葉と共に、グレイが裸で女の人と寝ている写真が付与されている。怒りが文からありありと伝わり、くすくすと笑ってしまう。
「女か?」
その言葉と共に、テーブルに置いたマグカップが消える。あ、と言いながら後ろをむくと、そこには先程まで真剣にテレビを見ていた人物が居た。まぁ、そいつの家で、そいつしか居ないのだから当たり前だが。
「グレイのお気に入り」
そう言うと、あぁ、と何となく分かったのか頷きながらホットミルクを飲む。
「っ!甘.....」
渋い顔をしながら、ジャックが俺にマグカップを返して来る。
「あ?美味いだろ」
「舌イカれてんじゃねーか?」
「るっせ」
一口ホットミルクを飲む。自分の舌が女性寄りなことは知っている。女性並に甘いものは好きだ。ケーキはもちろん、パンケーキやフルーツ、菓子パンなど甘いものには目がない。酒も辛口より甘いものが好きだ。
「タバコは好きなくせに」
「は?」
ピラピラと、スマホと俺の顔の間に見慣れたタバコの銘柄の箱が振られる。いや、てか、俺がくすねたやつだ。
バッ!と俺が手を振りあげて取ろうとしたが、ちゃっかり上に避けられる。チッ、と舌打ちをしてジャックを見ると、しっかりニヤニヤ顔を貼り付けている。
「なんで持ってんだよ」
肩を上げることでこたえたジャックにイラッとしながら手を差し出す。返せ、と言うことだが、ジャックは1本抜いてから俺の掌に箱を置く。
「吸うのか?」
驚きながら問う。ここ1ヶ月近く一緒に暮らしているが、タバコを吸っている姿なんて見たことがない。
「昔な」
そう答えるジャックは、いつの間に入手したのか、これまた俺のライターを使って火をつける。スポーツ選手が吸っていいのかよ、とか、俺のだよ、いや、知らないおっさんのだけど、とか言いたいが黙って見守る。
ジャックが口元にタバコを持っていく。ゆっくり吸う姿は、ウザイぐらいに様になっている。
「ふっ」
「うわっ」
顔にタバコがかけられ、ゴホゴホと咳き込む。スポーツマンの肺活量は伊達ではなく、相当煙を肺の中に溜めていたようだ。
「ふっ。見とれてたか?」
楽しそうに笑うジャックにムカつきながら、ジャックの持っているタバコに手を伸ばす。顔をソファの背もたれに肘をかけている上に置いているおかげで、簡単にタバコに手が届く。しかし、ジャックは口元から離そうとしない。
「んな訳ねぇだろ」
もう片方の腕で、背もたれを押す。俺の顔がジャックに近づく。タバコを避けるように、口端に唇を近づける。くっつく、前に緩んだ手からタバコを取る。
バカにしたように笑いながらジャックを見ると、ジャックは驚いた顔で俺の顔を凝視している。
「おい」
直ぐに拗ねたような顔になり、ジャックの顔が近づいてくる。
それをそのまま受け入れ、軽く触れるキスだけをする。
「くくっ」
ジャックの口からタバコの味がするのがおかしくて、喉で笑うとジャックも笑う。
「素直に受け入れるんだな」
いつも抱こうとすると嫌がるくせに。と言ってくるジャックに、俺はホットミルクを飲みながら笑う。俺がホットミルクを飲んだことで、ジャックの顔が歪む。ばーか。
「てめぇが今夜抱くって合図したんだろ」
「はっ、知ってたのか」
くくくっと喉で笑うジャックに笑い返す。いつの間にか俺の指からタバコを取っている。驚いたが、そのまま俺の方にタバコを持ってくるので咥える。
吸い込むとタバコの煙が肺に入ってくる。
タバコを咥えたまま煙を吐き出せばジャックがタバコを取ってキスをする。
さっきとはちがう深いキスを。
「ははっ、甘いか?」
若干顔を歪めたジャックに笑うと、更に顔をゆがめる。
「まだマシだ」
高級テーブルにタバコを押し付けたのか、タバコの火が消される音が微かに聞こえた。
【タバコの煙を顔にかける】⇒今夜お前を抱く。
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