22 / 43
第22話
俺も負けずにそのまま睨み返す。この顔はジャックが怒ってる時だ。俺がグレイにキスしたのがチームメイトを汚されたみたいで嫌なのか、女性陣をまとめ上げているメアリに仲良くなったのが嫌なのか、単純に視界の端にいたのが悪いのか。あぁ、勝手に帰ろうとしたのもあるか。
まぁ、とりあえず何に怒っているか分からないジャックに、俺はため息をつく。着いた瞬間、ジャックが俺の胸ぐらを掴みあげる。
俺も咄嗟に手首を掴んで持ち上げられないように力を加える。
「あ?んだよ」
ギリギリと力を入れて、ジャックの手首を掴みあげる。相当痛いはずだが、ジャックは眉ひとつも動かさない。
「くそビッチが。んなに欲求不満なのかよ」
ジャックが地面を這うような低い声で言ってくる。
「あ?ただの親愛のキスだろーが。てめぇはしたことねぇってか?あ?」
バチバチと俺とジャックの間で火花が散る。ジャックも引く気配がないし、俺も引く気はない。
「はっ、尻軽のてめぇの事だ。俺以外にもたらしこんだのは大勢いるんだろうな。あぁ、最初に会った時も変なやつらに追われてたな。あれは全部お前の竿か?」
それなら、大乱交予定だったんだろ?邪魔したな。と最初の事を言われ、カッ!と頭に血が上る。
「あぁ!?てめぇなんて.....」
「何度でも言ってやるよ。どうせ故郷でも散々遊んでんだろ?夜中泣きながら呟いたことがあるな、たしか.....」
右手に重いものが当たる。思いっきりグーでジャックの頬を殴りつける。ジャックは構えてなかったのか、あまり体重が乗っていない俺の拳でたたらを踏む。
「っ!俺は!あいつとは何も無い!!」
っ!さっきまで強気だったのが嘘のように、目じりが熱くなる。思い出したくない。思い出しちゃいけない、誰にも知られたくない事を、心の中の秘密を微かにでもジャックに知られた自分が情けない。
アンジェラが、ふらついたジャックを支えるようにそばによって体に引っ付く。俺の腕を持っていたメアリは、俺がジャックを殴ったことに驚いたのか、手が離れている。
会場全体に広がってはいないが、俺たちの周りはシンとした空気が満ちている。
「いっぺん氏んでろ!!!」
そのまま俺は、ジャックに背を向けて店を出る。細い階段を上がり、夜の道に出る。「功祐!」と誰かが呼ぶ声が聞こえるが、無視を決め込んで早足で歩く。
「功祐!!」
扉が開く音と共に、メアリの声が聞こえる。
チッと舌打ちをすると、すぐ横にある細い路地へと入る。一気に暗くなった道に、足元に気をつけながら早足で歩く。所々に置いてあるバケツを避け、反対側の道が見えてくる。
コツン。
何かが足にあたり、コロコロと少しだけ転がる。早歩きの足を止め、蹴ったものを見るために下を向く。そこにあるのは真っ赤なピンヒールで、落し物だろうか?と首を傾げて、さすがに蹴ったままなのは、と思い拾い上げる。
腰を曲げて拾うと、ちょうど視界の端に写る。っ!?人!?
微かな光から見える人の形。壁に寄りかかるようにして口元を押さえている。片足には、俺が拾ったピンヒールと同じものを履いている。
「あの、大丈夫?」
さすがに蹴ってしまったし、と思いながら肩を叩いて声をかけると、よろよろと顔を上げる。
「っ!」
見覚えのある、たしか、といった顔に驚いてつい指を指してしまう。
あの日、グレンとケニーと共に飲んだ時にいた、メアリの綺麗なお友達。たしか名前は、
「ニア、さん?」
名前を呼ぶと、ニアは驚いたような顔をして俺を見るが、見覚えが無いのか首を傾げる。
前見た時は綺麗な女性だった。メアリに負けず劣らずで、手足も細く、指先まで赤いネイル綺麗に整えられている。
しかし今は、少しだけ頬が痩けており、手足も異常なほど細い。あの日見た健康的な姿とはなかなかかけ離れている。
「だ、れ?」
「あ、メアリの友人です」
「メ、アリ、の?」
「あぁ」
立ち上がろうとして力が入らないのか、壁を使ってはずるりと滑り落ちる。
急いでそれに手を伸ばして支えると、ニアさんの手が俺の二の腕に捕まる。捕まったが、そこに変な感覚がある。どろりとした液体のようなものが俺の腕に着くのがわかる。
「けほっけほっ」
俺の二の腕を掴んでいた方の腕で口元を押さえて咳き込む。ちょうど離れたところで気づく。明るい道から入る光が、俺の二の腕を照らしてどろりとしたものの正体が見える。
血だ。
赤い血が俺の二の腕に着いている。
「っ、ごめん!」
一言謝ってニアの手をとると、そこには真っ赤な血が着いている。力のない体を支えるように顔を上に向けると、口の端には血が垂れている。
「っ、病院!」
「だ、め」
スマホを取り出そうとしたところで、ニアから腕を掴まれる。
「でも.....」
ふるふると力ない様子で首を振るメアリに、不安になりながらも承諾する。
「なら、家に連れていく」
教えて、と言うと、ニアはロックを解除したスマホを俺に渡してくる。
地図アプリで自宅を入れると、直ぐに道案内が始まるので、背中にニアを背負って歩く。
ともだちにシェアしよう!

