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第23話
これまた、この間見たような景色を再度見つめる。壁には大量の落書き、地面に転がるゴミは、風に吹かれて転がってゆく。あちこちで息を殺すような息遣いが聞こえる。3階建てのアパートの窓から外を眺めるが、人1人いない。
「けほっけほっ」
うつ伏せに寝せていたニアが咳き込む。血は吐き出さなくなったが、未だにキツそうだ。
「やっぱり病院に.....」
そう言うと、ニアは首を振る。
しかし、病院でなければ俺もどうすることも出来ない。ニアは飯を作っても食べないし、むしろ、食べられないと言った感じだ。
メアリに電話するかを聞くが、首を振るばかりでどうにもならない。
さすがに家に着いてそのまま放置、なんてできるはずもなく、背中をゆっくりとさすってやる。
スマホを取りだし吐血の理由を調べる。胃潰瘍に十二指腸潰瘍、胃がん、出血性胃炎。似たような症状で、どれも医者でも機械を使わないと判別がつかないものだ。
はぁ、とため息をついて彼女を見る。未だに苦しそうに息をしながら蹲っている。しかし、先程よりかは落ち着いたのか、浅い息になっているのでこのまま眠ってくれるとありがたい。ニアの目の下には真っ黒な隈があった。相当な期間寝てないのか、もう取れそうにないが、少しでも顔色は良くなって欲しい。化粧で隠していても土色がわかる顔色を思い出しため息をつく。
「とりあえず.....」
散らかっている部屋を片ずけるか。
ニアの部屋は、至る所に服やらなんやらが落ちており、正直座るところがない。てか、足の踏み場すらない。ホコリだらけで呼吸も変な感じがするし、部屋全体が暗い雰囲気を持っている。
ったく。と言いながら作業を開始する。
とりあえず落ちている服を拾っていって、洗濯機に突っ込む。しかし、洗濯機も汚れていそうだったので、一応空で回す。ガタゴトとなっている間に、他の洋服をかき集める。
下着とかもあったが、なるべく見ないようにして洋服の隙間に挟んだ。
1回目の空が終わり、さっさと服を放り込む。お任せで回しはじめ、次は掃除に取り掛かる。まぁ、最初は.....うん、風呂だな。
お世辞でも綺麗と言えない風呂を洗う。一応洗うためのスポンジはあったので、ゴシゴシと泡をたてて洗う。
あ〜、ジャックのやつ今日家に帰って服をちゃんと洗濯機に入れたか?てか、風呂入ったか?あ、いや、まず家に帰って無さそうだな。うん、帰る前に今頃アンジェラとホテルか。
そこまで考えてアンジェラを思い出す。クリクリした瞳、ボブショートのミルキー色の髪、力を入れたら折れそうな程細い手足。首もスラリとして、鎖骨が魅力的だった。
泡を流していたシャワーを止める。
彼女を、抱く.....のか。いつも俺を暴くあの大きな手で彼女の体を撫で、あの唇で彼女の体に愛撫する。その2人の姿はきっと魅力的で、きっと美しい。俺の前にジャックとアンジェラが腕を組んでいる姿が見える。
あーうん。いや、なに考えてんだよ。
ガリガリと頭をかく。アホな考え過ぎて嫌になる。あいつがアンジェラと付き合うってなって俺にどう関係すんだよ。あ、家追い出されるな。まぁ、それは別にどうにかなるか。
「はぁ、何考えてんだ俺まじで」
もう一度ガリガリと頭をかいてシャワーヘッドをかける。とりあえず、日が登ったらジャックの家に帰って風呂はいって数日分の服をもってケニーかグレンの家に行こう。
確か、今日はチームでの練習の筈。絶対にいるはずがないと確信がある日だけ行こうと決めながら足を拭く。
「ね、ねぇ」
微かに聞こえる声に、驚いて走り出す。急いでリビングに向かうと、何かが俺の足の裏に刺さった気がする。いってぇ!!!さっき、絶対ボタンかなんか踏んだ!!!
ニアの前に着いて、痛い足の裏を抑えながら用事を聞くと、ニアは驚いたように目を白黒させている。
「だ、大丈夫?」
「ははっ、大丈夫」
ジンジンと痛む足を押さながらそう言うと、ニアは薄く笑う。やはり、あの時綺麗だったニアの姿そのままだった。
「あの、ね」
「おう」
「メアリに、ジャックやグレイに言わないで欲しいの」
「え?」
本当に病気ならメアリも心配するだろうし、ジャックもあれで周りにいる女性達は案外信用している。グレイは知らないが、あいつもニアがいなくなったら気づくはずだ。
「お願い!」
パン!と手を打ち合わせてお願いするニアに、少しだけ心配になる。今の顔色は相変わらず悪い。俺が洗濯機に服を放り込んで、風呂掃除をした時間だけでは到底隈も取れるはずがない。
しかし、真剣に頼み込んでくる彼女たちに眉を曲げる。いや、だってお願い!なら出来るだけ聞いてあげたいが、こんな状態で放って置けるはずもない。
う〜んと頭を悩ませていると、彼女たちがちらりとこちらを見る。うん、まぁ、彼女が関わるなと言っているのだ。俺が無理に関わってもな。
「はぁ、分かった。じゃあ、俺は帰るから。洗濯機回したしあとは干すだけだから」
「え、あ、ありがとう」
「ん。じゃあ、俺はこれで」
ガチャ
「「え?」」
早々にスマホをポケットに入れて帰ろうとした時、玄関が開く音がする。俺とニアの2人の声が揃い、お互いに顔を見合わせる。
「ニア〜、いる〜?
ちょっと話聞いて欲しいの。昨日の夜さ、ジャックとジャックの恋人が喧嘩してさ!もー!大変!てか、ニア!あんたなんで先に帰って....る....の........」
入ってきた人物と俺の目が合う。ニアも、気まずそうに顔を背向けている。
「お、おおおおおおはよよよよう、め、メメメメメメアリ」
俺がそう言うと、手に持った買い物袋をメアリがドサリと落とす。
メアリはいつも微笑んでいる瞳を大きく開き、口まで広げて驚いている。もうすぐ夜も開ける時間なので、一度パーティーから家に帰ったのか、昨日の服装とは少し違う。
「た.....な.....そや.....」
「め、メアリ?」
後ろに黒い何かを背負い始めたメアリに、ジリジリと後ろに下がってしまう。ニアも怖がっているのか、毛布にくるまって壁に張り付いている。
「「ひっ!」」
ニアと俺が、同時に悲鳴をあげる。さっきとは違う目の開き方で俺たち2人を睨み付けるメアリに、2人して腰が引ける。
「っ!!!あんた!!!昨日さんっざん電話して出なかったクセに!なんでニアといるのよ!たらし!?たらしなの!?そんな顔して!?ふざけんな!!
ってか!もー!色々言いたいことはあるけど、とりあえず.....」
メアリの剣幕に押された俺は、とりあえず、と言われて涙目ではい。と返事を返す。俺も男だ。腹をくくれ!
「一発殴らせて、てか、ジャックのとこに帰れ、てか、もげろ」
「ひうっ!」
腹、くくれてません。
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