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第36話
「っ!ざけんな!!!」
ドルタが案内してくれた扉の向こうから、叫び声と共に何かが割れる音がする。
「なら、他のやつを捕まえるか?」
「っ!」
「それまでの時間稼ぎは?」
「それは.....」
「はぁ、バスケットプレイヤーのお前たちはここにずっといれるわけでは無いし、派手に動ける立場でもない」
何か言い争う声。タイミング悪かったか?と首を傾げていると、ドルタが容赦なく扉をノックする。いや、強いなおい。
「ドルタです」
「入れ」
返事と共にドルタが扉を開けると、そこには2人だけいた。香里奈とジャックだ。
さっきの割れた音は聞き間違えじゃないのか、香里奈が座っているソファの後ろに光る破片が落ちていた。
「あぁ、来たか」
「チッ!」
ジャックはイラついているのか、大きな舌打ちをすると、ドカりとソファに荒々しく座る。
「ドルタ、ご苦労。下がれ」
ドルタは香里奈の言葉に軽く頭を下げて部屋から出ていく。いや、待ってこの状態で俺一人にしないで!やばいって!
どう考えても俺は今ここで浮いている。ピリピリした空気を出すジャックに、そんな空気でも笑っていられる香里奈。何もかもが統一された高級な家具が備え付けられているその部屋は、まるで王者の会談だ。
まだ何もしてないのに、ゴクリと唾を飲んでしまう。
「突然済まない」
「大丈夫.....です」
タメ口でいいのか、ダメなのかすら分からないので、とりあえず敬語で返すが、それすらも面白いのかクスリと笑われる。そういえば、歳は幾つなんだろうか?大人びて見えるが、俺より少し年上か同じぐらいに思うが.....
「ふふっ、立ち話もなんだし、どうぞ座って」
「座らなくていい」
香里奈の言葉と同時に、ガタリとジャックが立ち上がる。
「え?どうゆう.....」
俺が言い終わる前にジャックが俺の腕を掴む。グイッと引かれ、後ろに数歩下がる。
香里奈の顔を見るが、変わらずにニコニコと笑っている。
「帰るぞ」
ジャックがそういうので、慌ててジャックの顔を見るが、どうやら本気のようだ。俺が何かを言う前にさっさと腕を引いて扉に向かってしまう。いや、まて、俺はまだ死ぬ気はない。
ガチャ。ジャックが扉を開ける音がするが、それ以上は引かれない。?
不思議に思って後ろをむくと、そこにいるのは俺を連れてきた人物。
「どけ、ドルタ」
「戻れ」
無言で睨み合いが続く。いや、190cm越えが睨み合うと相当怖いな。
バチバチと火花が飛ぶので、ゴクリと唾を飲むと香里奈の方からカタリと物音がする。どうやらティーカップを取ったのか、テーブルの上にあったティーカップが香里奈の手の中にある。
「ジャック、何をそんなに嫌がる?」
「あ"?」
ドルタと睨み合っていたジャックが、次は香里奈を睨むが、それすら相手にせずに香里奈は優雅にティーカップに口をつけている。
「他人に、興味無かったろ?」
「・・・・・・」
香里奈が、笑う。
「興味があるのは自分に利益をもたらす者だけ、お前のチームメイト選びもそうだったろ。実力さえ示せば態度なんて関係ない。日常生活がいくら荒れていようと勝てばいいってね。そんなお前が、その子に興味を持った」
香里奈が、ティーカップの中身を混ぜるために置いてある銀のマドラーで俺を指す。ようやくこちらを向いた香里奈は、ジャックではなく俺を見ている。
「何が言いたい」
「ふふっ、そんなに怒るな。ただ、疑問に思っただけさ。彼に、」
香里奈の目が息を飲むほど冷たいものになる。重すぎる重圧が俺の体を一歩後ろに後退させる。いやな汗が背中をつたい、唾を飲み込むとその音の大きさに自分でびっくりしてしまう。
っ!グイッと腕を引かれ、ジャックの背中に庇われる。香里奈を真っ直ぐと見つめていた俺の目の前には、ジャックの大きな背中が広がっている。正直それだけで有難かった。今も重圧はあるが、ゆっくりと息を吐いてジャックの背中の隙間から香里奈を見つめる。
「その価値は「ある」.....ほぉ」
俺がジャックの顔を見ると、ジャックはこちらを見ていないが真剣な顔をしていた。香里奈を見ると、楽しそうに俺に笑いかけ、その後ジャックに目を移す。それだけで少しの緊張から開放される。
「その価値とは?」
香里奈がとても楽しい!という顔をしながらジャックを見るが、ジャックが浮かべた表情は香里奈をし笑するような笑みだ。
「はっ、てめぇに教える義理も無ければ、てめぇが理解出来るほどやっすい価値を、こいつはしてねぇよ」
ジャックは香里奈をそう笑い飛ばすと、中指を立てて煽るようにべろを出す。
待て待て待て待て待て!!庇ってくれたのはとても嬉しい!すんごい見直したけど煽るな!!俺は、中指を立てているジャックの腕を掴んで下に下ろさせる。その時に文句が飛んでくるが、腕を叩いて黙らせた。
急いで香里奈を見ると、組んだ膝の上に肘を置き、細い腕の上に顎を置いてキョトンとした顔をしている。いや、謝るべきか?いや、許されそうにないけど、なら逃げるか?いや、後ろにはドルタがいる。.....あれ?詰んだ?
「そうか、理解、出来ないか.....」
「はっ、誰が理解させるかバーカ」
バカはお前じゃ馬鹿野郎!と言いたかったが、大人しくジャックの後ろに隠れる。怒られたらこいつのせいだ、俺のせいじゃない。
「そうか、くっ、くはははははっ!!!そーかそーか!私には理解出来なのか!」
へ?何にツボったのか分からないが、香里奈は大笑いしながらマドラーでテーブルを叩いている。いや、高級な机に傷が、あ、気にしませんねそうですね。
本当に我慢出来ない、と言うほど腹を抱えて笑っている香里奈に、ジャックも驚いたような顔をするが、すぐに気を持ち直したのかキリッとした顔に戻る。
いや、一瞬本気で崩壊したからな。今更カッコつけても今更だぞ。
「わかったな。なら俺達は帰る」
「いや、待て待て待て」
「あ"?なんだよ」
「悪いが、その彼は今、私にはとっても価値があるものだ」
へ?香里奈からしても、トリーツァからしても俺の価値がある?いや、無いだろ。
俺にそんな価値があるならジャックやドルタはどんだけ価値あるんだよ。絶対そっちを大切にした方がいいって。なんて思っていると、ジャックは苛立ったように舌打ちをして俺の腕を引く。
その方向は、出口の扉に向かう方向だ。
「帰る」
「そうか」
まだ面白いのか、香里奈はくすくすと笑いながら次は何も言わない。へ?帰っていいの?俺怒られても知らないよ?俺は、関係ないって言うよ?いいよね?俺何もしてないし。
.....てかドルタは?
今更だが、ドルタの姿が消えている。あぁ、いた。ドルタはワゴンを押して、入口の脇にいた。いや、なんでワゴン?あ、香里奈のティーカップの中身か。
なるほど、と頷いて見ていると、ドルタの押しているワゴンの上に、見覚えのあるようなないような紙箱が置かれているのに気づく。あれ?なんで見た事あるんだ?てか、あれなんだっけ?なんか、大切なものだった気がするんだけど。
「帰るぞ」
「あ、あぁ」
ドルタの方をチラチラと見ながらも、ドアを抜ける。
「あぁ、残念だ。フクースナトルトのケーキなのに」
香里奈の声に、俺の足が止まる。
「いっ!」
俺が止まったせいで、俺の腕を引いていたジャックが目の前で転けるが、そんなのを相手にしているだんじゃない。俺は、急いで聞き耳を立てる。
「悪いなドルタ。せっかく3人分用意してくれたのに無駄になってしまった。あーあ、捨てるしかないのか」
ピクピクと耳が動く。
「もう、味が半減する」
「そうだな。朝何時から並んだんだっけ?」
「5時だ」
「早いな。確かこれ期間限定だろ。いつまでだ?」
「店主が今日までと言っていた。」
「お、なら今から行けば間に合うんじゃないか?まだ3時だ」
「いや、フクースナトルトのファンはみんな知ってる。から、周りは4時から並ぶと言っていた」
「なら今から車を飛ばしても間に合わないな。残念だ」
俺の心は決まる。うん、困っている人を助けるのはいい事だ。とってもいい事だし、ジャックもそれくらいの良心はあるはずだ。
ジャックが、んだよ?と言いながら俺の顔を見てくる。うん。行ける。
俺は、ジャックに頷くと、ジャックも首を傾げながらも頷いてくれる。よし、許可は降りた。
俺は、ジャックを引きずり、そのまま部屋の中に飛び込む。
「困っているなら協力しよう!」
「っ!はぁ!?」
「それはありがたい」
香里奈は優雅にティーカップを傾け、ドルタは机に並べていたケーキを回収している。
触るな!!!
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