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第2話 俳優業をやりたいのに
そして僕は、翌日のレッスンの後、マネージャーに話があると言って会議室にいた。
「俳優業に切り替えたい!?」
僕の説明を聞いたマネージャーが悲鳴のような声を上げる。
その手には、僕が昨日貰った矢島監督のお名刺。
「はい。だから、餅麦畑を脱退したく…」
「ダメダメダメダメ!!!」
すごい剣幕で言われ、俺はびっくりする。
「そんなことしたら、もちむぎの間は誰が取り持つの!?」
「い、いや、犬猿の仲だったのは6年も前の話ですよね?
今は普通に2人で話したりしてるので大丈夫かと。
同性代だけになって逆に清々すると思います」
「そんなわけないでしょ!?
はたちゃんがいないと無理なの!!
給料が低かった!?社長に私から掛け合うから!」
「ち、違います!むしろもらいすぎなくらいで…
ほとんどがもちむぎの売上なのに」
「ファンからの言葉を気にしてるの?
ファンたちには、はたちゃんの働きが良く見えないから言ってるだけよ?
事務所の人間は皆、はたちゃんの大切さを知ってる」
マネージャーの今までにない熱い口調に僕は気圧されそうになる。
マネージャーは6年前からずっと変わっていないけれど、僕の事を買いかぶりすぎなんだよな。
もちむぎの仲を取り持ったからだと思うけれど、それだって僕は特段何かをしたわけじゃない。
プライベートで何回か飯に行っただけだ。
僕じゃなくてもいい気がするけど…
僕が渋っていると、マネージャーが話し始める。
「実は、皆にはまだ言ってないんだけどね…」
「な、なんですか…」と、マネージャーの改まった言い方に怯えて言った。
「新しいメンバーが入る予定なの。
ただでさえ仲の悪いもちむぎの中にそんな子、入れてみなさいよ。
グループは崩壊しちゃうでしょ」
知りませんよ…とは、さすがに在籍してる身では言えない。
「じゃあ、その子が馴染んだら脱退していいってことですか?」
「ぐ…、う、うん、まあ、そうなるね。
ただ…、もちむぎが納得するかどうか…(小声)」
「え?なんですか?」
後半が聞き取れず、聞き返すと「いえ、なんでもない。とにかく、もうしばらく頑張って」とマネージャーは苦笑いした。
「そもそも、もちむぎは貴方がアイドル以外の仕事やソロの活動を嫌うから」
「アイドルであんなに稼いでるんだから、不人気な僕のソロ活動くらい許してほしいですよね。
僕が抜け駆けしたところで2人を追い越せないのに」
僕が拗ねてそう言うと、マネージャーは「ああ、いや、うん。そういうことじゃないんだけど」と頭を掻いた。
「とにかく、2人には来週連絡するからそれまでは秘密ね。
新入りくんはその翌日からレッスンに入って…、正式な加入は彼の実力次第ってところ。
もちろん、ファンや外部の人には絶対秘密。分かった?」
「分かりました」と、俺は答えた。
本当は分かりたくなんてない。
すぐにでも、餅麦畑を脱退したい。
僕は茂知も麦も好きだ。
だからこそ、2人の足をこれ以上引っ張りたくないんだ。
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会議室を出て、休憩室に荷物を取りに行くと、まだもちむぎがいた。
「あれ?茂知も麦もいたんだ」
僕がそう言うと、ソファに寝転んで曲を聴いていた茂知がイヤフォンを引き抜いて言った。
「いたんだ?じゃねぇよ。おっせえな。
マネージャーと長々と何の話してたんだよ?
乳捏ね繰りあってたんじゃねぇだろうな?」
「乳っ!?僕はともかく、マネージャーはそんなことしないよ!」
茂知「ああ?僕はともかくってなんだよ、おい」
そうやって茂知と言い合っていると、後ろから背中に衝撃が走った。
「ねえ、はたちゃん、お腹空いたよ~」
先ほどまで椅子に座って携帯を弄っていた麦が、俺に背中から抱き着いている。
茂知「おい、麦。鬱陶しいからあまりはたにくっつくんじゃねぇ」
麦「煩いな~。カッカしないでよ。口うるさい熱々のつき立てモチモチは無視してご飯行こう~」
茂知「誰がつき立ての餅だ、鳥に食わすぞこのハト麦」
御覧の通り、僕なんかいなくても、もちむぎは仲良しだ。
王子みたいと言われている茂知は、実はけっこう王様というか俺様だし、
癒し系だと言われる麦は、マイペースで気まぐれだ。
確かにコントロールは難しいかもしれないけど、互いに我儘なだけなので、自分が空気になっていれば大丈夫。
「はいはい。明日も朝からレッスンだし、早くご飯食べて帰ろうね~」
と俺は着替えて荷物をまとめる。
「お前、いつも何詰め込んでんだよ、おっも」と言いながら茂知が僕の荷物を持ち、
「はたちゃん~」と、麦が俺に抱き着いて、ほとんど持ち上げるようにして移動する。(二人とも180cm超えの巨男だ)
彼らは一見、難がありそうに見えるけれど、根っこはちゃんと良い子たちなんだ。
だからきっと新入りくんもすぐに馴染むだろうと、僕は思っていた。
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