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第3話 2人頼りはもう嫌だ

麦「僕、はたちゃんの隣~」 茂知「あ?こないだもそうだっただろうが。 今日は譲れよ」 着いた個室の居酒屋で、席に座ろうとしただけでも一悶着がある。 「じゃあ、僕が1人でいいよ」というと、2人に噛みつかれる。 茂知「はあ?なんでデカいのが隣同士なんだよ」 麦「モチ煩いから隣やだ」 茂知「俺だっててめぇの隣なんか嫌だわ」 麦「ということで、はたちゃんが選んで?」 僕が選ぶパターンは、どちらを選んでもどちらかに怒られるから嫌なんだけどなぁ… これも年上の役目か…、と、茂知の隣に座る。 茂知「ざまぁみろ、アホムギ~」 麦「はたちゃんセンス悪い」 勝ち誇った顔をする茂知に、机に突っ伏す麦。 どうしろと言うんだ… 「次は麦の隣に座るからさ。 早く注文して食べよう」 と、僕はメニューを麦に押し付けた。 「やった~、約束~」と麦がニコニコでメニューを開く。 そうしていると、何故か僕のカバンを漁っていた茂知が「なんだこれ」と声を上げた。 「え、変なもの入ってた?」 僕が茂知に視線をやると、彼の手には矢島監督の名刺があった。 「ああ、それ! 昨日、企画の子芝居撮ってたら、監督がわざわざ来てくれたんだ。 僕の芝居が良かったから、俳優もしてみない?って」 俺が嬉々として話すと、茂知が舌打ちをした。 茂知「ハタは餅麦畑のハタだろ。 俳優なんかやってる暇ないじゃん」 「え、うん。でも、アイドルの僕って、2人の足元にも及ばないしさ…、僕の存在理由を考えた時に、俳優って仕事があったら良くない?」 麦「良くないよ!はたちゃんが忙しくなったら、僕たちのグループはどうなっちゃうの!?」 「麦が心配してくれるのは嬉しいけどさ、僕は茂知みたいに音楽ラジオの仕事もないし、麦みたいに雑誌のモデルの仕事もないの。 だから、俳優したってアイドルは出来ると思う。 あ、仕事をなめているわけじゃないよ!」 僕がそう言ってみても、2人の表情は険しい。 茂知「とにかく、俺は反対だ。ハタが俳優やるなら俺もやる」 麦「僕もー!!」 そんなことしたら、僕の俳優の仕事なくなるだろ!? 僕たちそれぞれが、映像を撮ったとして、皆が観たいのは茂知か麦の作品だと思う。 監督だって、より人気のタレントを使いたいに決まっている。 茂知も麦も好きだけど、僕が見つけたたった1つの生きる道を奪わないでほしい。 …なんて、6歳も下のメンバーたちにこんな風に思うなんて、僕は最低だ。 彼らのおかげで、僕はアイドルでご飯が食べられているのに… 麦「はたちゃん?どうしたの?」 僕が黙り込んだせいか、麦が心配そうに僕を見ていた。 「いや、なんでもないよ。 茂知も麦も俳優しちゃったら、人気の格差がもっと広がって僕なんか事務所クビになっちゃうよ」 と僕が笑うと、隣の茂知が僕の頬を抓った。 「いててて」 茂知「馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ。 俺がハタを逃がすわけねぇだろ」 麦「そうだよ〜。はたちゃんが嫌だって言っても、僕たちが餅麦畑のうちは、辞めさせないよ」 僕が先におじさんになっても、彼らのおこぼれを一生乞食している自分を想像してぞっとした。 少し前の自分ならすごく喜んだ言葉だろうけど、僕はもう現実を見始めている。 ふと、マネージャーが言っていたことを思い出した。 そういえば、新人君が入るんだった。 さっさと僕が知りうるすべてを彼に引き継いで、さっさと脱退しよう。 18歳の子に任せるのは大変心苦しいけれども… 「そうだね」と、僕は心の内を隠して適当に合わせた。 (きた)る翌週、マネージャーがレッスン後に僕たちを集めた。 茂知「なんだよ、話って」 レッスン後はすぐに帰りたがる茂知が苛立たしげに言った。 「まあまあ、大事な話だからちゃんと聞いて。 餅麦畑に新しい仲間が増えます!」 僕は知っていたが、知らないふりをして「おー!!」と拍手をした。 が、喜んでいるのは俺だけのようで、茂知は舌打ちをし、麦は「えー…」と机に突っ伏した。 「今年19歳のぴっちぴちの研修生、 梅田茶之介(さのすけ)くんです。 明日から来るから仲良くしてね」 マネージャーが明るい声で言った。 もちむぎは不服そう。 「19歳か〜…、僕の9個下だよね。 新しい風って感じで楽しみだね! ね、もちむぎ」 と僕も無理やり明るい声を出す。 僕は新入りくんをめっちゃ歓迎しているけれど、もちむぎがこんなに嫌がるとは思わなかった。 でも、入ることは決まっているし、19歳の子が居づらくなるような雰囲気は良くない。 茂知「俺たちに何にも知らせずに『明日から来ます』とか言われて納得できるかよ」 麦「そもそも、餅麦畑に入る余地ないよね」 「ああ、それなんだけど、茶之介くんだから 餅麦茶畑にしようかと思ってるよ」 というマネージャーの言葉に僕たちは思わず「ださっ」と言ってしまった。 ていうか、梅田くんが選ばれたの、名前だろ。 もちむぎは依然として不服そうだったが、決定事項だからと押し切られていた。 この空気感で、明日は大丈夫なんだろうか?

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