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第8話 朝と喧嘩

毎朝設定しているアラームが鳴り、僕は携帯に手を伸ばす。 なんか…、ちょっと窮屈だな。 と、身を捩った時、布団だと思っていたものが茶之介くんであることに気が付いた。 「え”!!?」 と、跳ね起きようとするも「うーん」と唸った茶之介くんが腕に力を込める。 ぬ、抜け出せない!! 何度かもがいたけれど、力の差は歴然で…、僕は諦めて力を抜いた。 でも、あと10分もしたらベッドから出て支度をしないと、レッスンに間に合わない。 でもまあ、あまりにすやすや眠っているので10分だけ待ってあげよう。 寝顔も完璧だ… 茂知や麦がうたた寝をしているところを見たことがあるが、イケメンってなんで寝顔もイケメンなんだろうな。 羨ましいやら、恨めしいやら。 ジーっと顔面を眺めていると、茶之介くんはむにゃむにゃ言いながらお尻を揉んでくる。 これ…、僕と彼が逆だったら訴えられてるよね… 手をぺしりと叩くと、彼がはっと目を覚ました。 「あ…、実さんだ。おはようございます」 「おはよう。そろそろ起きようか?」 「えー…、もう少し眠りたいです…」 と、眉を下げる茶之介くんに絆されそうになるが、心を鬼にして「今日もレッスンだよ」と言った。 少しの間、茶之介くんが考えを巡らせていたが、「はい。起きます」と渋々起き上がってくれた。 「うん。じゃあ顔を洗っておいで。 軽く何か作っておくから」 と僕が言うと「朝ごはんですか!?やったー」と嬉しそうにするので憎めない。 茶之介くんは大きいし若いし、沢山食べるだろうなと思って、トーストにサラダ、スクランブルエッグ、インスタントのスープを準備した。 いつもの自分だけの朝ごはんより、少し多め。 顔を洗い終えた茶之介くんがテーブルを見て「この短時間でこんなに!?」と驚いている。 「簡単なものだけだけどね。 1人暮らし長いと、毎朝RTAしているようなものだから、短時間で効率的に支度する癖がついたんだ」 まあ、アラームの時間通り起きていれば、もっと手作り出来たものはあったんだけれど…、イケメンの寝顔が見たいという己の欲に勝てなかった。 食事をとり終えたところで「あ!!俺、練習着がない!」と茶之介くんが大きい声を出した。 「昨日ので良かったら洗って乾燥かけてあるけど、家に取りに行く?」 と僕が声をかけると、 「え…?実さん、部活のマネ…、いや、お母さん?めちゃくちゃありがたいです!!!」 と感涙していた。 そりゃ、僕たちにとって練習着は大切だからそれくらい気は回すでしょ、泊める身として… とは思ったけれど、感謝の言葉は受け取っておく。 「実さんと結婚したい」とか言い始めたので考えを改めるよう、宥めておく。 グループ内で結婚とか、最悪すぎるだろ。 と、何故か同性婚には突っ込まずに、そう思った。 マネージャーに『茶之介くんがうちに泊まったので、僕たちの送迎は一台で大丈夫です』とメッセージを送る。 『梅田くんが!?打ち解けてくれたみたいで良かった~』と返信が来た。 僕が本当に打ち解けてほしいのは、茶之介くんともちむぎなんだけどね。 事務所に着くと、いつもより僕の起床が遅かったからか、もちむぎが先に着いていた。 麦「はたちゃんの方が遅いなんて珍しいね」 と声をかけられ、「ああ、うん」と僕は生返事を返した。 その後ろから茶之介くんが「おはようございます」と挨拶をした。 麦は「あれ?2人で来たの?家近いの?」と驚いている。 同じマンションに住むもちむぎは、どちらかが寝坊したり、外泊しない限りは一緒に来る。 僕だけは方向がちがうので、単体で送迎してもらうことが多い。 売れる前は全員同じ車だったんだけど、ライブ前は少しでも長く休めるようにそれぞれ乗せてもらう。 まあ僕は一台でもいいと思うんだけど(僕にかけるお金は少ない方がいいと思うし)、事務所が強く勧めてくれたので甘えることにしている。 「いや、茶之介くんのお家は知らないけれど、昨日うちに泊まって行ったから」 と僕が言うと麦は「はぁ?初対面の人と!?」と声を荒げた。 初対面って…、それはそうだけど、これからはほぼ毎日顔を合わせることになる、グループの一員だし… 仏頂面で携帯をいじっていた茂知が「はたが断らないからって甘えてんじゃねぇぞ」と茶之介くんに詰め寄る。 僕は内心、なんでもちむぎが荒れているのか分からなかったけど、絶対に茶之介くんが詰められるのは違うと思い、2人の間に入る。 「ちょっと、茂知!茶之介くんに怖いことしないで!」 と、茂知を押したが、全く以ってよろけすらしなかった。 自分の非力さが情けない。 茂知「ちょっと面貸せ」 そんな、昭和のヤンキーみたいな連れ出し方…、と思ったけれど茶之介くんは 茶「分かりました」 と言って、先に歩き出した茂知の後ろをついて、部屋を出て行ってしまった。 「む、麦、追いかけよう? 暴力沙汰は不味いし」 麦を巻き込むのはどうかと思ったけれど、大男の殴り合いを止められるフィジカルはない。 大焦りの僕と違い、麦はいつものようすで座っている。 麦「大丈夫、もちは手は出さないよ。 どんなに僕と激しい喧嘩をしても手は出さないもん」 「だ、だけど、茂知が怒ったら怖いじゃん! もし、茶之介くんが辞めるなんてことになったら…」 麦「それなら、それまでの人材だったってことじゃない? 皆に告知する前だし、今までの3人に戻るだけだよ」 もちむぎにとってはそうかもしれないけど、僕にとっては茶之介くんは、辞めるための大事な要員なんだ。 ただ、単独で突っ込むわけにもいかなくて、どうか手だけは出さないでくれと祈りながら、僕は2人を待った。

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