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第9話 協定とは?

祈るような気持ちでドアを見つめていると、開いた。 茂知と茶之介くんかと思って立ち上がりかけたが、現れたのはマネージャーだった。 「あれ?2人だけ? 茂知と梅田くんも一緒に来たんじゃ…」 「あ、えっと…」と、僕がしどろもどろになっていると、横から麦が「もちが締めに行った」とのんびり言う。 やっぱり絞めてるんじゃん! と、僕は青くなったがマネージャーは 「まだそんなことしてるの? 全く…、もちむぎは全然成長しなくて困る」 と、それほど驚いた様子でもなく言った。 麦は「え~?僕は加担してないんだから大人でしょ」と不服そう。 「大人なら止めるでしょ! もう…」 「あ、すみません。僕、止められなくって… 2人…、っていうか茂知を止めに行ってきます」 と、僕が立ち上がると、マネージャーは「いや、はたちゃんが行ったらややこしくなるから。2人は待ってて」と部屋を出て行った。 僕が行くとややこしくなるって何だ? 僕はもちむぎを取り持った実績があるのに…、と、僕も麦の横で膨れっ面になる。 数分して、さらに膨れっ面の茂知と茶之介くんがマネージャーに連れられて戻って来た。 マネ「全く…、ライブが近いんだから時間大切にするように。 さて、今日は先にライブに関して打ち合わせをしましょう」 そう言われて僕たちは、机と椅子を並べてミーティングのスペースを作った。 茂知だけはまだ膨れている。 ライブの演出やセトリなんかの確認の後、マネージャーから茶之介くんの発表について説明をされた。 今回のライブは3人で執り行うけれど、このまま何の問題も無ければ、次のライブの時に加入の発表をする予定とのこと。 次のライブは3か月後。 思ったよりも早く、彼の正式加入が決まりそうだ。 1人増えると、ダンスの振り付けとかバランスも難しくなりそうだから、なんなら僕が代わりに脱退しても良い。 慣れるまで…、とは言わずに。 けれど、今朝の茂知とのこともあるから、流石に茶之介くんが可哀想かな。 レッスン中も茂知はずっと仏頂面で、ことごとく茶之介くんを睨んでいる。 が、茶之介くんはどこ吹く風と言った様子で、全く気にせずに「実さん実さん」と僕に話しかけてくる。 すると、一層、茂知の眼光が鋭くなるので僕の方がひやひやした。 お昼はいつも通り、皆で事務所が用意したお弁当を食べるが、茂知は何も言わずにどこかへ行ってしまった。 午後からもレッスンやリハがあるから、食べておかなきゃいけないのに… 僕は、いつもより早めにお弁当を済ますと、麦と茶之介くんに「茂知にお弁当届けてくる」と部屋を出た。 届ける、と言いつつも行き先に心当たりはない。 社内にいてくれるといいんだけど…、と思いながら1部屋1部屋確認しながら捜し歩く。 すると、1階下の小さめの会議室から歌が聞こえてきた。 茂知の声もする。 僕はそっと部屋のドアを開けた。 茂知がこちらに背を向けて、携帯から流れる音源に合わせて歌っている。 茂知は、ラジオの歌番組を任せられるくらい歌が上手い。 数秒、彼の生歌に聴き入っていると、気配に気づいたのか彼が振り返った。 歌が途切れて、僕は少し残念に思った。 「なんだよ、はたか」 「うん。邪魔してごめんね。 でも、お昼は食べたほうが良いから」 と、僕は彼に近寄り、持っていたお弁当とお茶を渡した。 「ああ」 彼は置いた弁当を一瞥する。 しばしの沈黙を断ち切って、僕は口を開いた。 「茂知は、茶之介くんのこと嫌い?」 「…、俺ら…、俺と麦は協定を結んでんだよ。 それを新人が踏み荒らしたから気に食わない」 予想外の言葉に「協定?」と訝しむような声が出た。それは初耳だ。 一体どんな…、しかも、茶之介くんが踏み荒らしたってどういうこと? そんなことするような子ではないはずだ。 「えっと…、それってどんな協定なの? っていうか、茶之介くんと何の話をしたの?」 「…」 茂知は僕の質問には答えず、弁当を開け始める。 なんで新入りの茶之介くんには話すのに、僕には秘密なんだ? 「お~い、茂知。教えてよぉ」 茂知の顔を覗き込んで、頬を突っつく。 茂知の頬は、僕のスキンケアの特訓の成果か文字通りモチモチだ。 茂知は質問には答えてくれないが、「やれ」と言ったことはちゃんとやってくれるらしい。 「もちもちだ。頑張ってるね」と、僕はその柔肌を手の平ですりすりする。 すると、茂知が立ち上がり、僕は瞬きをする暇もなく床に引き倒されていた。 ちょっとだけ腰を打ったのか痛い。 僕を押し倒している茂知が微動だにしない。 えっと…、なんでこうなったんだ? 茂知が転んだとか? 「茂知…、ライブ前なんだからケガには気を付けないと! 何もないところで転ぶなんて、意外とドジだよね」 と、僕が彼の肩をポンポンと叩くと、彼は舌打ちをした。 急に僕を巻き込んで転んだくせにふてぶてしい奴め。 「てめぇ…」と茂知が話し始めたところで、小会議室のドアが開かれた。 「もちー、はたちゃ…、え?」 僕たちと目が合った麦が固まっている。 その後ろには茶之介くん。 2人とも、僕たちを探しに来たのかな。 なんて思って、「もしかして休憩時間終わっちゃった?」と僕は仰向けのまま訊いた。 麦「え、いやいやいや…、 2人は事務所で一体何をしてるの?はれんち」 「え?」と、固まった後、僕たちが2人からどう見えているかに気付いて、僕は慌てて「ち、違うから!」と弁明した。 しかしながら、茂知との体格差のせいで自力では抜け出せない。 すると、茶之介くんが近づいてきて、僕を茂知の下から引っ張り出した。 茶「全く…、実さんはもっと危機感を持った方がいいですよ」 茂知「お前が言うな」 茶「はぁ?俺のは不可抗力ですから。 茂知さんは故意じゃないんですか?」 と、2人はにらみ合う。 仲直りさせようとしたのに、なんでぇ…、と僕は内心泣いていた。

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