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第11話 怒った麦

数分後、先に麦が到着した。 元々、もちむぎの家が近いことがあって使っている居酒屋だから当たり前と言えばそう。 僕に抱き着いているリーダーくんを見て、険しい顔をした後、僕から引きはがした。 「あえ?…、あ、麦さんだぁ」 と、麦に気付いたリーダーくんはにこにこしている。 「茂知さんも来るんすかぁ?」 「…、もちは来ないよ」 と、麦は彼を冷めた目で一瞥する。 あの…、一応、リーダーくんの方が年上なんだけど。 「こんな時間に2人で何してたの?」と、麦が責めるような口調で訊く。 「えっと…、仕事の話だよ」と、僕は今日、彼から聞いた話を伝えた。 「ふーん…、でも話はまとまったんでしょ? それが何で泊まる話になるの?」 「え?さ、さあ?リーダーくんが泊まりたいって」 「100歩譲って、昨日の梅田くんはともかく、素性もよく知らない他事務所の奴を泊めるってどうなの?」 「素性も知らないって…、2回も共演したじゃん。 それに、僕は男だし!」 と、反論したら、麦に右手を掴まれる。 「男だから平気だって言うなら、手を振りほどいてみてよ」 そう言われて、僕はムキになって手を振る。 が、全然ビクともしない。 「無理だよ。はたちゃんは僕たちの中で一番非力なんだから」 「そ、そりゃ180cm超えのもちむぎよりは非力かもしれないけどっ」 と言う僕の反論を遮って、麦が 「あんたに何かあったらっ、僕たちが…、もちがどんな思いをするか分かる?」 言われた言葉の意味がよく分からなくて「え?」と麦を見上げていると、近くに車が止まった。 「すみません!TRUSH☆のマネージャーです! うちのリーダーはっ」 と、慌てた様子の男性が運転席から降りてきた。 「あ、マネさんですか。こちらです」 と、麦は僕の手を離し、反対側の手で支えていたリーダーくんを引き渡した。 彼は「うぅん…、畠山さん家にぃ…」と言いつつも、マネージャーに引きずられて乗車した。 「遅い時間まで本当に申し訳ございませんでした!」とマネージャーさんは頭を下げて、颯爽と車を飛ばして去っていった。 「えっと…、麦、ありがとうね。 僕1人じゃ、こうは出来なかった」 「うん。まあ、もちでも梅田くんでも、上手く対応できなかったと思うけどね。 今後は僕か…、せめてマネージャーに連絡してね」 「うん」 「じゃあ」と駅に向かおうとすると、「心配だから送ってく」と麦が呼んだタクシーに乗せられた。 麦を送ってから僕の家に…、と思ったのに、麦は「心配だから」と先に僕の家に回ることになった。 僕の方が年上なんだけど…、と思ったけれど、また”非力”がどうとか言われたら反論できないので従っておく。 そもそも、麦に怒られたのが初めてて、またあの麦に戻ったら怖いから従ったというのもある。 今日気付いたけれど、いつも仏頂面の茂知より、怒った麦の方が怖い。 「今まで僕たち以外と交流なんてしなかったのに、なんで急に社交的になったの?」 タクシーに揺られていると、麦に尋ねられた。 「え?いや…、別に今まで交流を断っていたわけじゃないよ。 可愛い後輩から『飯行きましょう』って言われたら行きたくなっちゃっただけ」 「ふーん…」 訊いておいて何とも興味がなさそうな返事。 麦らしいけれど。 「今後は、もちむぎ抜きで誰かと飲むのは控えてね」 と、麦に無茶ぶりをされる。 そんなの無理だろ… 「この業界にいたら無理でしょ」 「誰が見てるか分かんないのに、飲んだ挙句、自宅に後輩連れ込んでたなんて、大スキャンダルだよ」 「はぁ!? いや、僕だって女性とは絶対サシでは会わないよ! でも、男の後輩だったら別に良くないか? アイドル同士が仲良しだったら、むしろファンは喜ぶでしょ」 麦の方を見て、意見する。 交友関係を広げることは悪いことじゃないだろう。 どうしてそれを、麦に制限されなきゃいけないんだ? 麦は、ジーっと僕を見下ろした後、ため息を吐いた。 なんて生意気な…、と思っていると、流れるように顎を救われた。 「え、何?」と言ったか言わなかったか分からぬ間に、麦の顔が近づき、唇を何かが掠めて行った。 焦点が合わなくなった麦の顔が、離れてはっきり見えるようになる。 わぁ、美形… じゃない!!! え!?キス!?キスされた!? 「えっ…、ええ?」と困惑していると、麦が鼻で笑った。 「僕らくらい顔が整ってると、男でもいいやって人はたくさんいるんだよ?ちゃんと自衛してね?」 「え、いや…」 と、僕が反論を考えていると、「お客さん、つきましたよ」とタクシーの運転手が言う。 「じゃあね、また明日」と、麦が手を振るので、僕はいったんタクシーから降りた。 麦を乗せたタクシーは颯爽と闇夜に走り去った。 僕は、ふらふらと家に入り、風呂に入って、寝支度を整えたのちに布団に入る。 「いや、寝れるわけなくない!??」 と自分で突っ込みを入れた。 本当に眠れなくて、翌日、僕は学生ぶりにオールで仕事に向かうことになった。

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