16 / 59

第16話 意外なオファー

翌朝、やたらすっきりとした感じで目が覚めた。 あれ…、ライブの後だったから、気が抜けて熟睡できたのかな…? そして目の前には広い背中… 僕、茶之介くんの背中に縋りつくようにして寝てる!? え、待って…、待ってくれ。 昨日は確か、茶之介くんがベッドで寝ていたから、僕は床に敷いた布団で寝たはず! 一体どういうことだ…? とりあえず、茶之介くんのお腹に回した腕をそっと解く。 すると、彼が「起きたんですか?」とこちらに振り返った。 「ひっ!?あ、起きてたの!?」 驚きすぎて変な声が出た。 「あ、驚かせてすみません」 そう言った彼の目の下にはうっすらクマがあった。 僕のせいで熟睡できなかったんじゃ… 「ごめん、休めなかったよね!? ゆっくり休めるようにって、床で寝たつもりだったんだけど…」 「いえ!俺が、申し訳なくなって、ベッドに運んだんです! で、俺が床に行こうとしたんですけど寒かったせいか、実さんにその…、抱き着かれてしまって、ご褒美…っじゃなくて、悪いなと思って一緒に寝ちゃいました! (半分は当たっているので間違いではない!)」 「えっ…、つまりはやっぱり僕のせいじゃん… ごめんね」 僕が申し訳なくなって謝ると、「いえ!俺は楽しませていただいたんで!」と茶之介くんが首を振る。 「楽しむ…?」 「…、こっちの話です」 そんな不毛な話をしていると、茶之介くんのお腹が鳴った。 流石、食べ盛り。 僕は昨夜の飲酒と暴食のせいで、まだまだお腹が空かない。 「なにか作るよ。茶之介くんは自由にしてて」 僕がそう言って立ち上がると、茶之介くんは「さすがにそれは悪いので手伝います」と言ってくれた。 でも、朝飯って大したもの作らないし… 「じゃあ、昨日洗濯乾燥かけた服、畳んでもらっていい? 茶之介くんのも入ってるから」 「えっ…、すみません、また洗ってもらって… 畳んできます!」 元気に寝室を飛び出した茶之介くんを微笑ましく思いながら、冷蔵庫にあるもので軽食を準備した。 毎回、何から何まですみません、と謝りながら茶之介くんは帰っていった。 さて…、できていなかった家事をやるかぁと、なんだかんだで体を休める暇もなく1日を家事に費やした。 アイドル業をしつつの家事って結構手が回らないんだよなぁ… ---------- 翌日から、本格的に4人でのライブに向けた準備が始まった。 加入に合わせて、新曲も入れるらしい。 茶之介くんがメインの楽曲になるので、茶之介くんは毎日大変そう。 それでも、若さとやる気で楽しそうにこなしてはいる。 茂知との仲は、前ほど険悪ではないけれど、演出や一緒に過ごすにあたり、よくぶつかり合うのは彼らだ。 どちらも本気だからこその衝突が多くて、なかなか上手く落としどころがつかないことも多い。 麦はどこ吹く風だし、結局は僕が間に入って折り合いをつける。 マネージャーが言う通り、そう簡単には辞められない雰囲気だ… それでも、着々とライブの準備は進んでいく。 あと数日といったところで、僕だけがマネージャーに呼ばれた。 脱退の件だろうか?と、少し期待しつつも寂しさを感じながら、別室に入る。 「はたちゃん、忙しいところ、申し訳ないんだけどね、 矢島監督から推薦が来ていて…」 と、A4の紙を渡された。 矢島監督と言えば、僕に声をかけてくれた映画監督だ。 僕の事、覚えててくれたんだ… と、嬉しい気持ちでその紙を読む。 『瑠璃茉莉が咲いた日』という映画の主演を決めるオーディションの案内だった。 「これ…、受けて良いんですか?」 受けると決めたわけではないのに、緊張と期待で口が乾いた。 手が震え、受け取った紙が揺れる。 「良いも何も、はたちゃんへの直々のご案内だから、私や事務所に決定権はないよ。受ける? 推薦とはいえ、ちゃんとオーディションは受けなきゃいけないけど」 僕はジッとマネージャーを見つめ返す。 勿論、考える間もなく受けたいと言いたい。 でも、動き出した餅麦”茶”畑のこと、今の自分に俳優業をできるか…、いや、それ以前にオーデションを受ける余裕があるか…、と逡巡してしまう。 でも、またとないチャンスだ。 「やりたいです…、受けさせてください」 息をつめてマネージャーとしばし見つめ合う。 数秒してマネージャーがふぅっと息を吐きだした。 「まあ、はたちゃんならそう言うよねぇ…。 ちょっと他のメンバーが心配だけど、受けるなら全力で受けよう」 「はい」 「まあ、メンバーにはオーデションが通った後の報告でいいでしょう。 受かるかも分からない」 厳しい言葉だが、本当にそうだ。 「それに、この作品は原作が小説なのよ。 だから、監督推薦枠のほかに、原作者の推薦枠もある。 厳しい戦いになるけれど、勝つ気で挑もう」 「はい」 僕を推してくれた矢島監督の為にも、期待を裏切らないパフォーマンスを見せなくては。 ライブと並行して、僕は演技の勉強も進めることにした。 オーディションはライブの翌週だ…

ともだちにシェアしよう!