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第19話 オーディションの結果

ライブ終了後でオフがあるとはいえ、冠番組もあるし、他の番組に呼ばれることもあるし、オーディションに専念とはいえ完全にそれだけと言うわけにはいかなかった。 けれども、1週間なんてあっという間で、僕は緊張で頭を真っ白にしながらもオーディションを受けた。 やれることはやり切ったはずだけど、反省点はいくつもある。 やはり、僕に二足の草鞋を履く余裕なんてないのかもな…、なんて、半ば役の事は諦めていた。 怪我も治り、気持ちにも区切りがついた頃、マネージャーから呼び出された。 「オーディションの結果ですか」 と、僕は耐え切れずに訊いた。 きっと落ちている、そう自分で自分に保険を掛けた。 「そう。端的に言えば、希望の役は落ちてる」 マネージャーの言葉に、やっぱりと思いつつも、ショックでその場に座り込みそうになる。 矢島監督の顔が浮かんだ。 「ですよね…」 オーディションの時、他の受験者を見たが、僕よりはるかに人気の俳優が数人いた。 まだ花は咲いていないが、希望に満ち溢れた若者はありあまるほど沢山。 あの中から非凡で畑違いの僕が選ばれるわけ… 「ただ、別の役で出てみないかっていう案内が来てる」 マネージャーの言葉にゆっくりと顔を上げる。 別の役…? 「主人公の友人の”島津ユウキ”役。 どう?やってみる?」 島津…、原作では控えめで優しく主人公を受け止める兄のような存在。 僕が一番、感情移入したキャラクターだ。 「やりたいです!」 考える理由もない。 僕はもうとっくにこの作品の大ファンだし、ちょい役だろうがエキストラだろうが、作品に関われるなら受けていただろう。 それが、僕の一番好きなキャラクターなら迷う余地はない。 「良かったぁ…、矢島監督から直々に電話が着て懇願されたんだ。 『主演はあげられないけれど、島津は絶対に畠山くんだ』って。 主演でオファーした手前、申し訳ないとも言ってたけれど」 「いえ…、ちなみに主演は…」 「蜂谷(はちや)紅亮(こうすけ)だよ」 「蜂谷…」 蜂谷と言えば、矢島監督が良く起用するThe主人公って感じの快活で聡明そうな好青年だ。 僕と同じくらいか少し上の年齢だろう。 「蜂谷さんなら納得です。 オーディションの時、度肝を抜かれたので」 と僕が言うと、マネージャーは眉を寄せた。 「本気で俳優やりたいなら、度肝抜き返す勢いで行かないと」 ごもっともなお言葉に、僕はしょんぼりと肩を落とした。 「まあ、これからは全員の度肝抜いちゃおう! メンバーに、はたちゃんの出演が決まった話をしなきゃね。 それで、最初の顔合わせと読み合わせの日程なんだけど…」 と、諸々の業務連絡を聞く。 主演が取れなかったのは悔しいけれど、ちゃんと一歩踏み出せてよかった。 台本を貰ったら、隅々まで読み込んで、島津になりきろうと気合を入れる。 -------- 午後のレッスンの際に、マネージャーから僕の映画出演の話があった。 案の定、もちむぎからは「アイドル業はどうするんだよ」や「僕たちと俳優どっちが大切なの」とブーイングを食らった。 茶之介くんだけは「実さん凄いです!」と喜んでいたけど。 でもまあ、もちむぎの言葉も至極全うなことだ。 ちゃんと両立させなきゃいけない。 アイドルを辞めていない今は、どちらもやりきらなきゃいけない大仕事だ。 加えて、こないだのライブの反響か、僕と茶之介くんのお仕事も増えつつある。 僕のソロなら忙しい時は断れるが、茶之介くんとペアとなると、彼の今後の活躍を考えてすべて受けるに越したことはなかった。 事務所も味を占めたのか、公式の動画チャンネルで、こないだのライブの最後の曲だけライブ映像を配信していた。 おかげさまで、現地に来なかったファンの目にも入り、茶畑人気に発車を掛けた。 仕事って本当に波の様で、散々引いていたくせに急にどっと押し寄せてくる。 台本も読みつつ、アイドル業にも精を出しつつで、餅麦茶畑での夕食は当分なしと言うことで、メンバーとのコミュニケーションも取りづらくなっていた。 --------     (茂知視点) レコーディング中に寝てしまったリーダーの顔を見る。 今は、麦と新人が順番にレコーディングをしていて、まだまだ時間がかかりそうだ。 こんな風に仕事中に寝てしまうことなんて無かったのに、相当忙しいのだろう。 はたが頑張りすぎることは、結成当時から知っている。 だから、麦と一緒にマネージャーにお願いした。 あまりはたに仕事を振るなって。 こんな時に忙しくならなくてもいいのにな。 俺たちに合わせて効きすぎなくらい効いている冷房で体を冷やさないよう、自分が着てきたジャケットをはたに掛ける。 「むぅ…」と唸りながらジャケットを掴んで顔まで引き上げたので、やはり寒かったのだろう。 2人が戻ってくるまで寝かせといてやろう。 当分戻らなくて構わないから、無理難題でも押し付けようか。 と思いつつ、俺はヘッドフォンを付けて、2人の歌声を確認した。

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