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第20話 緊張の読み合わせ

なんとか台本を読み込んで、読み合わせ当日を迎えた。 蜂谷紅亮は勿論のこと、僕が子供の頃に見ていたドラマや映画に出ていたような大御所の俳優もいる。 そんな大物と会うことがなかった僕は、ありえないくらい緊張していた。 読み間違えや飛ばしはなかったものの、流石に声が震えたり、思うように読めなかったりした。 一旦休憩に入り、それぞれの先輩方がはけたところで、僕は脱力して椅子に座ったままだらしなく姿勢を崩した。 き、緊張したぁ… 読み合わせでこれって、お芝居や撮影が始まったらどうなるんだろう。 すでに不安でいっぱいだ。 小声でぶつぶつとセリフを読んでいると「あれ!?畠山くん?」と声を掛けられた。 慌てて姿勢を正すと、蜂谷がいた。 「あ、蜂谷さん。お疲れ様です」 「あ、お疲れ様。練習してたの?」 チラリと僕の手元の台本を見て、蜂谷がにこやかに言った。 「あ、はい。読み合わせが人生初で…、休憩の取り方も分からないですし、何より全然上手くできなくて…」 「そうなんだ。矢島監督が推すくらいだからてっきり経験者かと思った」 そう言いながら蜂谷が僕の隣に座る。 「納得いかない気持ちも分かるけど、休憩とるときは取った方がいいよ」 そしてコップに入った液体を手渡してきた。 「あ、ありがとうございます」 手渡された液体は温かく、ほんのりレモンの香りがした。 「初対面の奴から渡された飲み物とか怖いよな。 これ、ここのスタッフが用意したホットレモンだから! 安全だし、喉に優しいから大丈夫!」 必死に説明している蜂谷が、とても人気俳優には見えなくて吹き出してしまった。 「なにも警戒とかしてないですよ。 ちょっと熱そうだったので冷ましてるだけです。 お気遣いありがとうございます」 そう言った僕を蜂谷はポカンとした顔で見ている。 「え、どうかしました?」と訊くと、ハッとした顔になった。 「いや、1人でも練習してるし、ストイックな孤高の狼みたいな人かと思ったから…、結構とっつきやすいアイドルなんだなって思って」 「ええ!?」 孤高の狼だなんて、もちむぎが聞いたら爆笑しそうだ。 っていうか、そんな風に見えていたなんて… 「僕、もっと人当たりを柔らかくしないとダメですね。 ただでさえ、島津役なのに…」 優しい、主人公の兄のような存在なのに。 「うーん…、でも、俺は島津ってこう、ちょっと陰がある気がするんですよね」 そんな蜂谷の言葉に、僕は頷く。 「ですよね!島津の優しさや人の好さって、自分の核心に触れさせないためのガードかなって僕も思っている部分があって…」 そこでハッとして口を噤む。 初対面の、しかも俳優として大先輩に、役について自分の解釈を垂れ流してしまった。 監督や原作者の考えではない。 あくまで自分の解釈…、ド素人の… 「す、すみません!なんか語ってしまいました! プロの俳優さんの前なのに」 と、僕が慌てていると蜂谷は爆笑し始めた。 「畠山くん、ずっと一人で百面相してて面白いね。 俺も役に対しては同じ考えだし、役者がキャラクターへの印象を擦り合わせるのって大切だから、どんどん言っていいよ。 まあ、監督にもちゃんとした考えや見せ方があって指示しているのは理解したうえで、思ったことがあるなら今みたいに言ったほうが良いよ」 むしろ褒めてもらえたようだ。 「あ、ありがとうございます?」 と言うのが正解だろうか?と思いつつ言っておいた。 「俺が出る映像って、役者が大御所の事が多くてさ、親しい俳優もみんな親世代くらい年上なんだ。 だから、同世代の畠山君が仲良くしてくれたら嬉しい」 と、光栄な言葉を頂いた。 俳優の知り合いがいないので、僕としては願ったり叶ったりだ。 「え、いいんですか!?ぜひ!! 分からないことだらけで、色々聞かせてください」 「勿論いいよ。けど、俺だってこの業界ではまだまだひよっこだからね。 大御所の大先輩方にも積極的に話しかけてみるといいよ。 訊けば教えてくれる人ばかりだからさ」 「はい!」 それから休憩が終わり、読み合わせが再開した。 蜂谷と喋ったからか、緊張も解けて自然体で読むことが出来た。 矢島監督からは「まだまだ固いけれど、最初より全然いいね。その調子で撮影も頑張れ」と激励された。 それからは俳優業も順調に進みだした。 たまに蜂谷から食事の誘いが来た。 最初の2回は、餅麦茶畑での予定が合ったり、ロケで遠出していたり、お断りしてしまった。 大変申し訳なかったので、「〇日なら」と返事をするとすぐにその日に決まった。 俳優同士の距離感が分からない僕にとって、ぐいぐい決定してもらえるのは有難かった。

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