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第21話 美味しい料理とお酒

お芝居の後に会うことになったので、散々、監督や演出家に絞られてクタクタになった後、蜂谷さんのお迎えの車に一緒に乗る。 てっきり外で食べるのかと思いきや、「こないだ外食したらファンの子に見つかってちょっとした騒ぎになったから、自宅でもいい?」と訊かれた。 確かに騒ぎになってしまったら大変だと思い、「蜂谷さんさえ良ければ」と返した。 向かう道中、「俺の家でごめんね。本当は美味い店とか紹介したかったんだけど」と謝られた。 「いえいえ!むしろ、今1番人気の俳優さんの家に行けるなんて嬉しいです! 人気俳優って大変なんですね」としみじみと言うと、 「え?それを言ったら、畠山くんだって人気アイドルじゃん?変わらないよ」と返された。 「いえ…、まあ、グループは人気ですけど、僕自身は不人気メンバーなので」 と僕が自虐のような事実を伝えると、蜂谷さんは驚いていた。 「え?!畠山くんが不人気? ファンの子、見る目ないなぁ」 「いやいや!自分が言うのもなんですけど、うちのもちむぎと茶之介くんは本当にすごいんです!」 一般的な会社なら、自分の同僚や社員を他社に自慢するなんてとんでもないけれど…、僕にとっては誇りなのでそこは(へりくだ)れない。 「そうなんだ。メンバー想いなんだね。 そういうのいいなぁ、羨ましい」 「まあ、どうしてもグループだと人気順がはっきり分かってしまうところはあるんですけれど。 グッズの売り上げとかも顕著ですし」 「そうなんだ。 アイドルって俺にとっては未知だから、そういうの知れるの嬉しいな」 蜂谷さんはニコニコしている。 こんな話が嬉しいだなんて、蜂谷さんは変わっていると思う。 でも、きっと聞き上手なのだろう。 ついつい話してしまう。 お家に着いて案内してもらう。 すごく広くて綺麗なお家だ… まるでモデルルームみたい。 「綺麗なお家ですね」 「ああ、うん。お客さんを通すところはね。 自室とか寝室は割と荒れてるよ」 と、蜂谷さんは言うけれど、とてもそうとは思えない。 勧められたソファに座ると、蜂谷さんは「じゃあ俺は夕食を準備するから座ってて」と言われる。 「え!?手伝いますよ?」 と、僕は申し出たが、「1人の方が気楽だから」と断られた。 それはそうと、本棚に古い映画や見たことのない作品のDVDが置いてあり、気になってしまった。 「ふふ、そこの棚のやつ気になるよね。 やっぱり、畠山くんは俳優の素質あるよ。 DVDデッキは下にあるから、気になったやつを自由に観てて良いよ」 と、勧められた。 めっちゃ気になってたから有難い。 「い、いいんですか!? じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて…、これ良いですか?」 僕が一本のDVDを取り出すと 「それはアイルランドの作品だね。 ニッチなファンが結構いる隠れた名作だよ。 ぜひ、観て欲しいな。 じゃあ俺はゆっくり支度するね」 と、蜂谷さんはキッチンに向かった。 僕はワクワクしながらディスクをデッキに入れる。 ここにある作品、全部見るまで通いたいくらい。 そのくらいレアな作品が揃っている。 蜂谷さんは、本当に俳優になりたくてなった人なのだと改めて感心した。 顔だけの俳優じゃない。 人気の理由が分かった気がして、改めてすごい仕事を受けてしまったなと実感した。 1時間半くらいの映画が終わり、ほぉっとため息を吐く。 間違いなく、アイルランド以外では撮り得ない凄い作品だった。 余韻に浸りつつもディスクを取り出す。 DVDを棚に戻して余韻に浸っていると、蜂谷さんがひょっこり顔を出した。 「夕食出来上がったよ」 「あ!ありがとうございます!」 僕が立ち上がる。 「映画、良かった?」 「はい!素晴らしい作品でした! なかなか余韻が抜けなくて…」 と、僕が頭を掻くと「分かる!あの世界観に圧倒されるよね」と蜂谷さんが同意してくれた。 蜂谷さんの家で観なかったら一生お目にかかれなかったかもしれない作品が見られて、僕はすでに幸せだったんだけれど、出された料理を見てさらに驚いてしまった。 「これ、蜂谷さんが作ったんですか!?」 「うん、まあ、長い長い独り暮らしの賜物だよ。 外食も外出もなかなかできないからね」 生活の延長だとしても、机に並ぶ色とりどりの美味しそうな料理は、その辺のお店で出てくる料理よりも立派だった。 「しかも野菜がメインでヘルシーなんですね! ぜひ僕にも作り方教えてほしいです。 僕もライブ前はよくメンバーに料理を出すんですけど、毎度毎度となるとレパートリーが全然なくって困ってるんです」 「そうなんだ!じゃあ、畠山くんも料理するんだね。 今度食べてみたいな」 そう言われてしまって、料理すること言わなきゃよかったと後悔した。 こんな素晴らしいものを見せられた後に出せるものなんてない。 「え、いやぁ…、本当に大したもん作れないので」 「え~?人が作った料理なんて久しく食べてないから食べたいんだよ。 ね、今度でいいから」 そんな風に言われては頷くしかなかった。 まあ、いつかって話だし、その前に映画の撮影が終わる。 そしたら、彼が僕と仲良くする理由もなくなる。 だから、その場限りの約束として頷いておいた。 「さ、召し上がれ」と言われ、僕は「頂きます」と手を合わせた。 「そうだ。畠山くんが持ってきてくれたワイン開けて良い?」 「あ、どうぞ!」 手土産に持ってきたワイン。 僕はほとんど飲まないから、うちの社長が美味しいと言っていたワインを買ってきた。 赤ワインは体に良いって聞くし… ポンっと子気味の良い音が鳴って、コルクが抜けた。 ワインなんて飲みなれているんだろう。 慣れた手つきで封を開け、ワイングラスに注いでいる。 軽くグラスを合わせて口に入れた。 「かっ…」 辛い!このワイン、めっちゃ辛い! 僕みたいな酒慣れしていない奴が気軽に飲んでいいお酒じゃない! 「んん!美味しいね、このワイン。 お肉少なめなメニューなのが申し訳ないくらい」 どうやら蜂谷さんは気に入ってくれたようなので社長に感謝する。 お料理がとても美味しいし、僕はお酒は控えめに、食事を堪能しようと思った。 「どのお料理も美味しいです! 蜂谷さん、もはやプロじゃないですか!」 「ありがとう。人に食べてもらう機会もないから、褒めてもらえて光栄だよ。 …、畠山くん、ワイン全然飲んでない? ワインのほかにもお酒は常備してあるよ」 「あ、いえ、あまりお酒が強くなくて…」 と僕が言うと、蜂谷さんは立ち上がり「洋食にも合う梅酒を漬け込んでいるんだ。大きな瓶で沢山漬けた方が美味しいから持て余してるんだ」と、本当に大きな瓶に入った梅酒を見せてくれた。 「おすすめはロックだけど、畠山君は苦手そうだからソーダ割にするね」 と、シャンパングラスのようなお洒落な細長いグラスに注いでくれた。 深い金色に輝くシュワシュワとした液体が美しくて、しばし眺める。 「目で楽しんでくれるのも嬉しいけれど、作った本人としては早く感想が聞きたいところなんだけれど」 と、蜂谷さんがクスクス笑う。 僕ははっとして「頂きます」とグラスを口につけた。 先ほどの重すぎるワインと違い、軽やかでそれほど甘すぎなくてするっと入ってしまう。 「美味しい!」けど、飲みすぎ注意だ。 「そう?よかった。沢山飲んでいって」 飲み過ぎないように、と戒めたばかりなのに、そんな蜂谷さんの言葉で飲み過ぎてしまったのは言うまでもない。

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