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第22話 一泊

だいぶお酒が回ってきたころ、蜂谷さんも顔に赤みがさしていて酔っていることが分かる。 「畠山君はさ…、なんか畠山君って文字数多くて呼び辛いな。 メンバーにはなんて呼ばれてるの?」 「ああ、えっと、はたとかはたちゃんとかですかね」 「はたちゃんっていいね…、あれ? 畠山君って最年長だよね?」 「はい。まあ、もちむぎには()められているんで。 あ、新入りの子には実さんって呼ばれてますよ!」 一応、僕に敬意を払ってくれている子はいるぞという意味で言っておいた。 「実さんかぁ…、流石にそれは距離詰め過ぎかな。 俺もはたちゃんって呼んでいい?」 「ええ、どうぞ。なんでもいいですよ」 「ふふ、明日以降の撮影で周りのみんな、びっくりしちゃいそうだね」 「そうですかね?」と考えた後、確かに蜂谷さんが誰かと特別親しそうに話しているところを見ないから、あだ名で呼んでいるところを見たら驚かれるかもしれないと思った。 「あ、食事も粗方片付いたし、移動して映画でも見る?」 そんな提案をされ、僕は時計を見て逡巡する。 21時か…、映画を見たとして23時過ぎになるけれど…、でも、蜂谷さんのコレクションは気になる。 タクシーでも呼べばいいか、と一人で納得して、「映画観たいです!」と言った。 「じゃあ、俺は片付けするから映画選んでくれる?」 「え!?僕も片付け手伝いますよ!」 と、僕は立ち上がったが 「大した量じゃないから大丈夫。 それに俺、優柔不断だから映画決めてくれると助かる」 と言われて、僕は「すみません。ありがとうございます」と先にリビングに向かった。 見たい映画を3作までに絞ったうえで、僕は悩んでいた。 この3作…、どれも捨てがたい。 映画の撮影が終われば、二度と蜂谷さんのお家に上がることはない…、かもしれない。 この1作しか観れないかも…、と考えると非常に悩ましいのだ。 「あれ?まだ悩んでる?」 片付けを終えたらしい蜂谷さんがグラスとお皿を持ってリビングに来た。 「本当はポップコーンとコーラとかが良いかなって思ったんだけど、自宅だしお酒とクラッカーにしちゃった」と言いながら並べる。 「すみません、ありがとうございます」 「っていうかむしろ、梅酒飲んでってほしい。 で、どれ観るの?」 DVDのパッケージを覗き込んで、蜂谷さんが言った。 「実は…、この3作で悩んでて…」 「おお、どれも良い作品だね。 うーん…、はたちゃんと観る最初の映画だから、これとか良いんじゃないかな?」 蜂谷さんが指さしたのはフランスのロマンス映画だった。 主演の女優が、脚光浴びるきっかけとなった名作だ。 「瑠璃茉莉が咲いた日が、はたちゃんにとって良い追い風になるようにって」 「はい!これにします」と、僕は嬉々としてディスクをセットした。 で、ソファに座った。 先ほどまでは1人だったから気づかなかったけれど、このソファ、2人掛けだとちょっと狭い? 蜂谷さんと肩が触れ合う。 でも、座ってしまった手前、サイドにある一人掛けのソファに移動するのも失礼な気がして、僕は努めて画面に意識を集中させた。 お洒落な雰囲気のその映画は、どちらかと言うと静かで…、お酒のせいもありうとうととしてしまう。 触れ合っている肩もぽかぽかと温かくて眠りを誘うのだ。 でも、せっかく見せてもらっているのに眠るのは失礼だし、帰りの事もあるので、眠りこけるわけにはいかない。 と、思っていたんだけどね。 案の定、途中から僕は眠りに落ちていたらしい。 ------------     (蜂谷紅亮 視点) トンっと肩に重みを感じて横を見ると、畠山くんことはたちゃんが眠っていた。 今日の()りは早朝だったし、そりゃ眠いよなあと俺は苦笑した。 元々あまり寝なくても問題がない俺と違って、はたちゃんにあのスケジュールはなかなか酷だろう。 明日の入りがお互い午後からでよかった。 そう思いつつ、はたちゃんの手からグラスを抜き取る。 あまり強くない、と言う割に結構飲んでくれたし。 「はたちゃん、眠いなら寝よう?」と、俺が声をかけると「んー」と、抗議するような声を上げる。 「ちゃんと布団貸すから、ほら」 俺だってはたちゃんよりは数cmは背が高いけれど、毎日ダンスやらのレッスンをしている引き締まった体のはたちゃんを運ぶのは至難の業だ。 多分俺の方が筋力がないと思う。 出来ることなら自力で歩いてほしいところ。 「や…、映画観る」 「ええ?もう眠いんでしょ?また今度にしよう?」 「撮影…、終わったら、蜂谷さ…の、家に行けない…もん」 と、途切れ途切れに言う。 「え~?撮影終わったら友達じゃなくなるの? 俺悲しいんだけど」 相手は寝ぼけてるって分かっているけれど、はたちゃんが心の中で思っていることだとしたら、それは否定したい。 俺はずっと友達でいるつもりだったんだけど。 最初は男性アイドルなんて世界が違い過ぎて、正確が合わないだろうと思っていた。 けれど、役や演技とひたむきに向き合っている姿や、自分のルックスにかまけないで努力する姿を好ましいと思った。 今日だって、俺のコレクションを「知らない映画ばっかり」とか「古臭い」とか言わないで、嬉しそうに眺めていた。 歳が近くて、考え方や性格が合うはたちゃんと、ずっと友人でありたい…、そう思っていたのが自分だけだったなんてちょっと悲しい。 「はたちゃんならいつでも家に来て良いし、勝手に映画観て良いから、今日は寝よう?」 俺がそう優しく語り掛けると 「ほんと?じゃあ…、ねる」 と言って、俺にくっついて瞼を閉じた。 「いや、ここじゃなくて、客室で寝てほしかったんだけど…」 俺の服をがっしりと掴んだまますやすやと眠る彼にため息を吐く。 これが、あの大人気アイドルグループのリーダーねぇ… 俺は仕方なく、はたちゃんを起こさないように体を横たえ、ソファで眠ることにした。 男性2人で寝るのにソファは、ちょっと…、いやかなり狭いが眠れないこともない。 明日は体がバキバキになりそうだと憂いながら俺も目を閉じた。

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