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第23話 特製ドリンク

なんだか体のあちこちが痛い。 体勢を変えようと身を捩ったところで 「まっ、落ちるって!」と声がした。 が、止まれなかった僕はそのまま落ちた。 どしゃっと床に落ち、何が起きたか分からずに目を(しばた)かせる。 「え、大丈夫?」と、蜂谷さんがソファの上からこちらを心配そうに見下ろしていた。 「え、えっと、はい…。 あれ?なんか昨日の記憶が…」 そんな僕を見て、蜂谷さんはポカンとした後に笑い出した。 「ほんと、はたちゃんって面白いね。 昨日、映画観てたらはたちゃんが寝落ちしたんだよ。 ベッドに行こうって起こそうとしたけど、俺の服をがっちりつかんだまま起きないから、一緒にソファで寝た」 そう言われて、なんとなく眠気に抗ったところまでは思い出した。 僕、そんな失礼なことを… 「す、すみません!ご迷惑をお掛けして!」 「まあ、おかげさまで節々が痛いけど、大人になって友人とソファで添い寝をするなんて、新鮮だったよ。 アイドルの寝顔も見られたし。 これが寝起きドッキリだったら超良い絵だったのにね」 と、蜂谷さんはいまだにくすくすと笑っている。 「本当に…、なんと謝罪をしていいか」 「もう良いって。次泊まるときはちゃんと客室にご案内するね。 二日酔いにはなってない?」 「はい、大丈夫です」と言ってから、次と言われたことに驚く。 また来ても良いんだろうか。 「それならよかった。 二日酔いとむくみに良い蜂谷特製ドリンクもあるから、欲しい時は言って」 「そんなのも作れるんですか!? さすがですね…」 と感心し、「あれ!?今何時ですか!?」と思わず叫んだ。 「わ、びっくりした。朝の7時半だよ」 7時半!?急いで支度をしなきゃ! 「蜂谷さん、すみません。 僕すぐに出ます。下に迎え呼んでも良いですか?」 と僕が慌てて手櫛で髪を整えたりしていると、蜂谷さんは不思議そうに「迎えは良いけど、今日の撮影って午後だよね?」と言う。 「はい!ただ、ダンスのレッスンを入れてて、撮影前に行く予定だったんです」 そう言いながらも携帯でマネージャーにメッセージを送る。 「レッスン!?すごいね、はたちゃん。 何時に行くの?シャワーとか貸すよ?」 「えっ!?いやでも、そんなにお世話になるわけには…」 と僕が遠慮すると 「俺も沢山お酒飲ませちゃったし、責任あるからさ。 それに、減るもんじゃないから、はたちゃんが気にしないなら使っていってよ」 と蜂谷さんが進めてくれた。 正直、ここでシャワーを使えたら、家に戻る手間が省ける。 「そ、それじゃあ、いいですか…?」 と躊躇いがちに訊くと、「どうぞどうぞ」と即座にバスタオルを渡された。 蜂谷さん家のバスルームは、僕の家のそれより数段広く、置いてあるバスグッズも様々だった。 色々とメーカーを参考にしたいけれど、生憎そんな余裕はない。 急いでお風呂から出て、髪を乾かす。 「ジャージとか貸そうか?」と蜂谷さんに訊かれたけれど、有事に備えて練習着は1着事務所に置いてあるからとお断りした。 背丈はあまり変わらないから、もちむぎや茶之介くんみたいなことにはならないだろうけれど、先輩から借りるのは忍びない。 そもそも、蜂谷さんは僕の先輩かと言われると微妙なところだけれど、俳優歴は断然先輩なので、先輩ということにした。 出て行けるくらいの支度が出来たところで、マネージャーから「到着」の連絡が来た。 「あ、蜂谷さん、お迎えが来たので失礼します。 めちゃくちゃお世話になりました!」 と僕が玄関のドアに手を掛けると、「あ、これ飲んで」とプラスチックの使い捨て容器に入った深緑の液体を渡された。 「へ?」 「俺も朝とかバタバタで出ることがあるから、いつでも持ち歩けるように容器とか買ってあるんだ。 あ、中身は蜂谷特性ドリンクだよ」 一瞬、呆気をとられたが、蜂谷さんの気持ちが嬉しくて「ありがとうございます!大事に飲みます!」と受け取った。 激しい練習の前はあまり固形物を摂りたくないので、ドリンク…、というかスムージー?というのは嬉しい。 自分でも作ってみようかな。 マネージャーの車に乗り込むと、「もう俳優の蜂谷紅亮と打ち解けちゃったの?流石はたちゃんね」と言われた。 「打ち解けたって言うか…、蜂谷さん、歳が近い俳優仲間がいないって言ってました。 色々と気にかけてくれているだけですよ」 特段、僕が気に入られたというよりは、優しさで構ってくれているのだと思う。 「でも、すっごく良い人でした。 学びにもなるし」 「そっか~。またもちむぎが嫉妬しちゃうな~」 「え?」 「ううん。こっちの話。 ここのところ、はたちゃんがレッスンに参加できていないからって、講師が張り切ってたよ」 「げ…」 蜂谷さんからもらったドリンクでホクホクしていたところに冷水を浴びせられた気分。 僕たちのグループについているダンス講師は、子供にすら容赦しないくらい厳しい。 どうか…、お手柔らかに、と祈りながら向かう。 頂いたスムージーはとても美味しかった。 レッスン室では、先に茶之介くんが来ていて、自主練をしていた。 「おはよう、茶之介くん」と僕が声をかけると 「お久しぶりです!」と笑顔で挨拶を返してくれた。 メンバーに会うのはかれこれ1週間ぶりだ。 ここのところ、撮影やら何やらで全然会えていなかった。 ライブ前はほぼ毎日、朝から晩まで一緒だったからなおさら久しぶりに感じる。 「ほんと、久しぶりだよな」と苦笑してしまう。 もっとうまいこと、僕がスケジュールを立てられればいいのに。 「ストレッチ、手伝いますか?」 「ありがとう!久々だから念入りに伸ばしておきたかったんだ」 僕は茶之介くんの厚意に甘えて、背中を向けた。 後ろから押してもらって、足の筋を伸ばす。 そうこうしているうちにもちむぎも来た。 麦「はたちゃん久しぶり~」 茂知「下手になってたら承知しねぇ」 と歓迎?してくれた。 ふいに「あれ?実さん、シャンプー変えました?」と茶之介くんに訊かれる。 「変えてないよ? あ。昨日は蜂谷さんの家に泊まったから、蜂谷さん家のを今朝借りたんだった」 僕が何の気なしに言うと、どこからともなく「は?」と言う声が聞こえた。 多分、茶之介くんと茂知。 「え、え?どうかした?」 麦「はたちゃんさぁ…」 麦が呆れた顔で僕を見ている。 「え、何々!?いででででで」 急に僕の背中を押していた茶之介くんが、容赦なく力を込めはじめた。 「さ、茶之介くん!?筋が取れる!取れちゃうから!ギブ!!」 と僕が藻掻いているのに、茂知は「もっとやれ新人」と加勢してきた。 こっちは練習が久々だって言ってるのに!

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