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第24話 声を掛けられる

2時間のレッスンをこなし、僕は撮影に向かうべく、せかせかと帰り支度をする。 汗臭いままでは嫌なので、自宅でシャワーを浴びたい。 案の定、講師からは「筋力も体力も落ちてる!自宅でもトレーニングをすること!」と指摘された。 一応、自主トレはしていたけれど、やっぱり足りていなかった… もちむぎとの差がさらに生まれてしまうし、茶之介くんはめきめき上達しているので、あっという間に抜かれてしまうだろう。 分かってはいたことだけれど、アイドルの方のクオリティが下がるのは悔しい。 そう考えたところで、僕は卒業する予定であったことを思い出した。 これでいいんだ。 そうやって少しずつ俳優にシフトしていければ… でも、なんとなく心の中がもやっとする。 そんな自分の気持ちを打ち消すように、僕は「お先に」とメンバーに言って事務所を後にした。 移動中に携帯が鳴って、開くと茶之介くんからのメッセージが来ていた。 『実さん、夜は空いてますか?』 どうしたんだろう、と思いつつ『撮影が長引かなければ』と返した。 すぐに返事が来る。 『忙しいのにすみません。 もしよければ、夜、お家に行っても良いですか?』 こんな風に茶之介くんから家に来たいと言われることは珍しい。 なにか仕事で心配事でもあるのだろうか…? 少し不安になった僕は『いいよ。撮影終わったら連絡するね』と返した。 『ありがとうございます。待ってます』という返事を確認して、携帯を仕舞った。 すぐに台本を取り出して読む。 今日の撮影シーンは、夕方。 ちょうど日が沈みそうな街並みをバックに撮る。 メインは蜂谷さんだけれど、ちょっと重要なセリフを僕が言う。 今日、時間内に撮りきれなければ明日以降に延期にされてしまう。 スタッフさんや他の演者さんのためにも、できれば少ないリテイクでクリアしたい。 さっさとシャワーを浴び、支度を整えて家を出る。 今日は他の3人もそれぞれの仕事があり、配送が大変そうだったので、僕はタクシーで行くことにした。 タクシーだとマンションの前までは来れないので、外に出て少し歩く。 一応、マスクに伊達メガネはしているし、少しの距離で誰かにバレたことはない。 が… 「あ、あのっ、はたくんですか?」 向かいから歩いてきた女性2人組の片方にやたら見られているなと思ったら声を掛けられた。 そんなこと今まではなかったので狼狽える。 「え?ええっと…」 「やっぱり!私、ずっと麦くんのファンだったんですけど、あのライブから茶畑が頭から離れなくって…、今ではすっかりはたくん推しなんです! 頑張ってください! 次の握手会は絶対にはたくんのところに並びます!」 そう言い捨てると、ひゃーとかきゃーみたいな奇声を発して走り去ってしまった。 友達も「ええ!?」と困惑しながら追いかけていく。 あ、嵐のようだった… 僕はしばしポカンとした後、撮影に行かなきゃいけないことを思い出して、慌ててタクシーに飛び乗った。 道中で先ほどの事に思いを巡らす。 自宅を特定する感じのヤバいファンではないだろうけれど、畠山であるとすぐに気づかれてしまった。 いつだったか茂知に「お前も顔を知られてるんだから気を付けろ」と怒られたこと思い出す。 蜂谷さんも外ではなかなか飲食できないと嘆いていた。 今までの自分があまりに不人気で意識したことなかったけれど、本来の芸能人ってこうなのかもな、と少し実感がわいた。 これじゃタクシーも少々気を付けて利用しなきゃいけないし、電車なんてもっての他なのかも… 顔が売れるのは嬉しいけれど、なかなかデメリットもあるんだなぁ。 しみじみと感じながら、揺られているとあっという間に撮影地についた。 まだ日は傾いてはいないけれど、今日中に撮りきれますように… そう願いながらタクシーを降りた。 「あ!はたちゃん!」 現場につくとすぐに蜂谷さんが気づいて手を振ってくれた。 「蜂谷さん、今朝は本当にありがとうございました」 と僕は頭を下げる。 蜂谷さんの隣にいた女優さんが「はたちゃん?」と訊く。 「そう。畠山くんって長いからそう呼ばせてもらってる」 と蜂谷さんが言うと彼女は「え~、いいな。私もそう呼ぼうかな」と言った。 「ね、いいでしょ?」 「え?ええ、何でも構わないですよ」 特に呼ばれ方とかは気にしたことがない。 僕としても5文字もある苗字を読んでもらうのは不便だろうと思っている。 「だめでーす。俺とはたちゃんくらい仲良くないとだめー」 と、ふざけた口調で蜂谷さんが言った。 「え?なんで蜂谷くんが決めるのよ。 私と畠山くんだって仲良しだよね?」 女優さんに問われて、「いや、僕は全然なんでも…」と言ったが蜂谷さんは頑なに 「俺とはたちゃんはもっと仲良しだもん」 と首を縦に振らなかった。 女優さんは面白がっていたけれど。 そんなこんなで僕の過緊張も上手く解けて、良い感じで撮影に臨めた。 撮り終わりはギリギリ日没前になってしまったけれど。 監督に「時間がかかってしまって、本当にすみません」と謝ったが、「初出演でまさか1日でOK出すとは思わなかったよ」と言われた。 「撮り初めの頃と今じゃ演技力が全然違う。 もしかしたら最初のほう取り直すかもしれないから覚悟しておいてくれ」 「あ…、すみません…」 最初の頃の僕の演技が余りに酷かったのだろう。 僕が肩を落として謝ると「褒めてるんだけどなぁ」と笑われた。 とにかく、茶之介くんとの約束もあったし、なんとか長引かせることなく撮影が終わってよかった。 他の演者さんにもストレスがかかってしまうもんね。 撤収の時に『撮影終わったよ。30分くらいしたら自宅につくと思う』と連絡をした。

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