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第31話 距離感
それからの僕は、ひたすら収録、レッスン、レッスン、レッスン…と言う感じで忙しくしていた。
映画の公開日も着々と迫っていて、精神的にもなかなかにひっ迫している。
一方の茶之介くんは、真面目に仕事こそこなしているが、明らかに距離感が近い。
なんとか躱 しているけど、あちらも全然手を緩める気はないらしい。
そんなこんなでかなり疲弊していたところ、個別収録中に麦が話しかけてきた。
茶之介くんは収録中、茂知はラジオの収録のため、今日はスタジオにいない。
「はたちゃんさ、梅ちゃんと何かあった?」
この頃の麦は、茶之介くんをようやく認識したのか、”梅ちゃん”と呼んでいる。
茂知は相変わらず”新人”と呼んでいるけれど。
「なんかって…?」ととぼけたふりをしてみたが、
「いやいや、僕どころか、もちも気づいてるよ。
そのせいで、もちがずっとイライラしてて、僕までナーバスなんだけど…」
と、突っ込まれてしまい、僕は正直に話すことにした。
もちむぎのパフォーマンスが下がったら、餅麦茶畑は終わりだ。
「驚かせちゃうかもしれないんだけれど、
実はさ、茶之介くんに告白されちゃって…」
「ふーん。どこで?」
てっきり驚かれるものだと思っていたから、”ふーん”で済まされたことにこっちが驚く。
「ど、どこって…、僕の家だけど」
「家?最後に僕たちがはたちゃん家に行ったのいつだっけ?」
「あ、いや…、実は映画の撮影がある間、マッサージをするために茶之介くんが家に通ってくれてて…」
「…はぁ?」
麦の高圧的な「はぁ?」に心臓がきゅっとなった。
え、なにか変な要素あった!?
「それでその…、なんか、マッサージの延長で色々あってさ、気づいたら告白されてて…」
「マッサージの延長って…、AVか何かの話?」
ゆるふわ系の麦の口からとんでもない単語が出てきて驚く。
麦に「僕だって男だしそれくらい言うよ」とぴしゃりと言われた。
「と、とにかく、メンバー間でそんなのダメだからお断りしたんだけど、なんか逆に距離感がバグっちゃったんだ」
僕がそう締めくくると、「天然人たらしめ」と罵倒された。
え、僕が悪いの!?
男の子に好かれた事なんてないから、上手く立ち回れなかった僕にも悪い部分はあるとは思う。
でも、普通、振られた方は距離を取るよね!?
「はたちゃんはね、人を懐に入らせる天才なの。
す~ぐに誰でも彼でも絆 しちゃうんだから。
なにより無自覚なのが、本当にたち悪いよ」
そんなことを言われたのは初めてだ。
自分で思い当たる節が全くない。
「でも、僕は結構人見知りな方だし、友達もそんなにいないよ?」
「それは、新規の友達ができるような環境にいなかったからでしょ?
これから活動の幅を広げていったら、たちまち人だかりができるよ。
でも、男ばっかりなら逆ハーレムってことになるけど」
「この僕が!?人だかり!?逆ハーレム!!?」
全ての単語が自分とは到底結びつかなくて大きな声が出た。
今までの僕は、アイドルなのに圧倒的不人気だったよ?
「実際そうじゃん」
と麦に言われたけれど
「茶之介くん1人だけでハーレムって言う?」
と思ったことを伝えると「はぁ!?」とさっきよりさらに大きい声で威圧された。
「えっ、ええ!?なに!?」
と訳が分からず困惑していると、マネージャーに「うるさい!」と叱責された。
「すみません」と小さくなって謝る。
「一体、麦には何が見えてるの?」
と訊いたが、「はたちゃんには分からないよ。激ニブだし」と携帯を見ながら言われた。
マネージャーに怒られたことで、若干へそを曲げているらしい。
ガキだ…
そんなガキに、”お前には分からない”って言われるの、ちょっと悔しいんだけど。
一体何のことなんだと考えているうちに、茶之介くんが戻って来た。
「前回より30分早く戻れました!」と満面の笑みである。
日々の距離感にはうんざりするけれど、こういう素直な後輩らしさは可愛くて憎めない。
「うん、頑張ってるね」と僕が褒めると、殊更 に笑みを深める。
「そういうところだっつーの」と麦はぼそりと呟いた。
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