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第32話 麦の思惑

--------    (粟野 麦 視点) 梅ちゃんから告白された、と聞いた日。 僕はもちの家に突撃していた。 インターフォンを鳴らすと、僕たちより早く帰宅していたもちが「なんだよ」と面倒くさそうに出てきた。 全く…、これがはたちゃんなら嬉しそうにしっぽを振るくせに、憎たらしい奴… 「はたちゃんと梅ちゃんの話をしに来たのに。 そんな態度なら帰っちゃうよ?」 僕が含みを持たせたようにそう言うと、もちは眉間にしわを寄せ「入れ」と言った。 本当に鼻につく奴だと内心イラっとしながらも、もちに続く。 衣類やアクセサリー、おしゃれインテリアに埋め尽くされている僕の部屋と違い、もちの部屋は衣類や家具は必要最低限しかない。 その代わりに楽器や機材、CDなんかが所狭しと収納されているけれど。 だから、ソファなんてものはない。 もちだけしれっと椅子に座るので、僕は以前から勝手に置いているクッションを引っ張り出して座った。 こちらを見下ろす、6年経っても飽きない精巧な顔面を見つめる。 表情は険しいけれど、それくらいじゃ彼の美しさは損なわれない。 「で、要件はなんだよ」ととげとげしい声が降る。 最近、はたちゃんが梅ちゃんにばかり構うので、もちはイライラしている。 「結論から言うと、梅ちゃんがはたちゃんに告白したらしいよ」 マッサージがどうとか、抜き合いっこがどうという話は省いた。 そんなことをもちに言ったら、もちは怒りとストレスで憤死してしまう。 「…あ?」 案の定、さっきよりもより、怒りの籠った声が聞こえてきた。 そりゃ怒るよね。 もちだって、早くはたちゃんに伝えたいはずなんだから。 「はたは断ったんだよな?」ともちは続ける。 「勿論。 梅ちゃんはともかく、はたちゃんは絶対に付き合わないと思うよ。 はたちゃんは、グループの事を1番に考えてる人だもん」 僕がそう言うと、彼はすかさず「当たり前だ」と言った。 「くそっ…、あの新人、何考えてやがる…」 もちが忌々しそうに舌打ちをする。 もちは、はたちゃんの大切なものを守ろうとして、ずっと気持ちを隠していたんだから、怒るのはごもっともだ。 そんなもちの苦悩を知っているからこそ、僕はもちに肩入れしてしまう。 「まあ、はたちゃんがはたちゃんでいるうちは絶対に無いから、大丈夫だとは思うけれど」 と僕が言うと、もちは 「俺はあいつとサシで話したから分かる。 あいつはかなり強かで押しが強いはずだ。 実力行使をしてくるだろう」 と床を睨んでいる。 もちは野生の勘というか、洞察力が鋭い。 実力行使、というところをすでに見抜いていて、僕は思わず”流石”と言いそうになった。 口から零れ出なくて良かった… 『何が”流石”なんだ?』と訊かれて、詰められてしまったら、とっくのとうに抜き合っている話をしてしまうところだった。 「まあ、はたちゃんから行くことはないだろうから、僕たちで梅ちゃんを見張るしかないよね」 と僕が言うと、もちは「麦は悔しくねぇのかよ」と呟いた。 かつての僕は、はたちゃんのことが好きだった。 もちと取りあったりもした。 でも、僕のはたちゃんへの気持ちが、母親に対するそれであることに気付いた。 そして…、僕はもちを敵として意識しているうちに、好きになってしまっていた、多分。 もちへの感情はきっと、そういう意味の好きなんだと思う。 他人を好きになったことなんて無いから、これも別の何かの可能性もあるけれど。 でも、そんなことを言ったら、もちに一線引かれてしまうと思った僕は、今もはたちゃんが好きだということにしている。 そうしていれば、はたちゃんともちが僕を差し置いて付き合うことはないだろうから。 だから、僕にとって、梅ちゃんがはたちゃんを好きであるなら、くっつけた方が都合がいい。 でも…、もちの辛そうな顔は見たくないんだよね。 「悔しいよ、もちろん」と僕は怒ったふりをする。 「絶対阻止しようね!」と。 「ああ、勿論だ」と頷いたもちに「じゃあ、そういうことだから」と僕は言って、もちの部屋をあとにする。 小骨が刺さったように残る胸の痛みにはもう慣れたはずだ…、多分。

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