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第39話 それは勘違いです

朝目が覚めると僕はソファの上で寝ていた。 あれ…昨日は… 昨夜の記憶を辿ってみる。 何度考えても焼酎を開けはじめたところまでしか思い出せない。 1人で寝ているところを見ると、今回は蜂谷さんに抱き着いたりはしなかったということなんだろうか…? 僕はそう考えながらも体を起こす。 なんか…、お尻に違和感があるんだけれど? 入り口がひりひりしてるし、何か入っているような異物感… 不思議に思いながらも、お手洗いでも行こうかと立ち上がったところで、お尻から何かが流れ出るような感触がした。 え!?何!!?慌ててトイレに駆け込む。 肛門から謎の液体が出ていて、パンツを汚していた。 なにこれ… しかも、このパンツ、僕のじゃないんだけど… 何かの病気だろうかと逡巡していると、急激に腹痛が襲ってきた。 そこからは、脂汗を滲ませながら、出すものを出しては流すを繰り返した。 なんとか腹痛も治まってお手洗いを出る。 それにしても…、本当に何かの病気だろうか? 今までお腹を下すことはあっても、白っぽいようなドロッとした粘液が出ることはなかったし、お尻に感じた違和感も経験したことがない。 この場合は内科なのか肛門科なのかと考えていると、蜂谷さんに出くわした。 「おはようございます」と僕が言うと、彼はバッと目を逸らして「おはよう…」と言った。 あれ…、やっぱり僕、何かしたんだろうか? そう不安に思っていると彼は気まずそうに「体は大丈夫?」と訊いた。 体…? ソファで寝たから心配しているのかな? そう思いつつ「寝違えたりとかはないですが…」と言いかけて、ふとお腹の不調を思い出した。 「そういえば、蜂谷さんって…、お尻から白っぽい液体が出たことありますか?」と訊いてみた。 蜂谷さんの顔がみるみる赤くなる。 やっぱり訊かなきゃよかったと後悔しつつ「変なこと訊いてすみません」と言うと、蜂谷さんは首を横に振る。 「それ…、俺の…ぇきだと思う」 あまりに小さい声だったので「え?」と聞き返した。 蜂谷さんは顔を覆うと、 「はたちゃんは覚えてないと思うけれど…、それ、俺が出したセイエキだと思う」 と、さっきより明瞭な声で言った。 「せ…い?」 せいえきと言う言葉が”精液”に変換されるのに時間がかかった。 え…、なんで!? 「え、えっとそれってどういうことですか? なんで僕のお尻から、その…、蜂谷さんのが出てくるのでしょう?」 僕が蜂谷さんをじっと見ていると、彼は観念したように顔を覆っていた手を外した。 顔どころか耳まで赤い。 「俺とはたちゃんがセックスしたから」 僕は頭が真っ白になった。 僕と…、蜂谷さんが…? そりゃ酔った勢いで女優さんに手を出してしまったら、取り返しがつかないことをしたと絶望すると思う。 でも、僕にとっては、僕が手を出された側であることの方がショックだった。 でも…、蜂谷さんがそんな軽率なことをする人だとは思えない。 現に、彼はかなり狼狽えている。 「えっと…、その、蜂谷さんは同性愛者(ゲイ)なんですか?」 僕がそう訊くと、蜂谷さんは首をぶんぶんと横に振った。 「俺は男性と付き合ったことも、交わったこともないし、そもそも好きになったことはないよ! 手を出した俺が100%悪いのは前提としてなんだけど…、 はたちゃんに抜き合いっこしようって誘われたんだ」 「絶対に俺が悪いんだけど!」と慌てて付け足す蜂谷さんの声がどこか遠くから聞こえる。 僕が『抜き合いっこをしよう』って誘った…? 昨日の夢にうっすら茶之介くんが出てきた気がする… とすると、僕は茶之介くんと間違えて蜂谷さんにすり寄ったということ…? 「僕…、すみませんでした!!!」と、 サーっと血の気が引き、とにかく蜂谷さんに平謝りした。 「えっ!?いや、いやいや、被害者ははたちゃんだよ?」と蜂谷さんが困惑している。 「その…、今回のことはなかったことにしませんか? 僕は蜂谷さんに抱かれていないし、僕も誘っていないことにしましょう! お互い忘れるのが吉だと思うんです!」 我ながら良い交渉だと思った。 が、蜂谷さんは僕の顔をジッと見た後に「ごめん。それは無理」と言った。 「え?」 まさか断られるとは思わず、僕は聞き返した。 「俺に責任を取らせてほしい」 真剣な表情で蜂谷さんが言う。 責任なんていうほどのこと!? 確かに…、僕は肛門に関しては生娘かもしれないけれど、アラサーの男だし… 僕が断ろうとすると、「っていうのは建前で、実ははたちゃんのこと好きになっちゃった」と蜂谷さんがはにかんで言った。 好き!!? あの大人気俳優の蜂谷紅亮が僕なんかを!? 僕は(ほう)けて、照れている蜂谷さんを見つめる。 あれ…、でもこれ、初めて男を抱いて、それがたまたま僕だったから、蜂谷さんの脳が勘違いしているだけでは!? 早く気づかせてあげないといけないのでは!? 漸くその考えに至った僕は、蜂谷さんをなんとか正気に戻そうと誓った。

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