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苦しい言い訳 3

   雅は紅茶をまた一口飲んだ。裕司はテーブルにカップを置くと棚に入ったDVDの背を指でなぞっている。多分ほのぼの系の映画を探しているんだろう。  しばしの沈黙。  こうして静かにしていると、本当の自分を出した時裕司はどんな反応をするんだろうと考えてしまう。    今までの彼氏同様ひどく罵るだろうか。それともただ単純に別れたいと言われるだろうか。裕司は優しい、きっと静かにこの恋に見切りをつけてしまうだろう。  そう思うと、絶対にバレたくないという気持ちが溢れて仕方がない。これまでは祖母に言われるがままに、あるいは義務感から付き合っては破局してきた。  でも今回のは誰に言われることもなく自分から好きになった恋だ。大切にしたい、どうしても別れたくない。今までの恋とは違う、これが本当の初恋だ。 「見つけた」  自分の思考に浸かっていて裕司が映画を見つけようとしていたことを忘れていた。はっとし、ありがとうございますと礼を言う。 「どんな内容ですか?」 「動物ドキュメンタリー映画なんですけどー」  裕司から聞いたのはさっきのホラーを払拭してくれるような内容だった。確かにそれなら雅でも見れるだろう。  じゃあそれを見ましょうと言うと早速裕司はデッキにDVDを差し込んだ。これはテレビの予約もしてくれる優れものらしい。雅は基本テレビはニュースばかりでドラマは見ず、音楽を聞いたりしているからそういう予約できる機器は不要だった。裕司はドラマも見るのだろうか、あとで聞いてみよう。  壮大な音楽と共に始まった映画、基ドキュメンタリー。体を小さく折り曲げ三角座りで見ている最中、ふと視線に気づいた。  目線だけで隣を見れば、裕司がこちらを向いていた。これ…なんだろう。今日映画を見ている時も裕司は雅をこうして見ていた。映画館にいる時はホットドッグが欲しいのかと思って聞いたが、断られてしまった。  あの時はお腹が空いていたのかな、なんて呑気なことを思っていたが、今はなんだろう、どうしてこちらを見ているのか。 「あの…裕司さん…なんですか」 「……」 「…?裕司さん?」  返事がないのを不思議に思い裕司の方を振り向けば、目の前に顔。気づいた時には少し遅かった。驚く暇もなく、唇がそっと触れ合う。そのままゆっくりと床に押し倒される。裕司の配慮で頭が痛くないようにクッションが敷かれた。  あ、これは。  熱をはらんだ目で見られ、心臓がどくどくと早鐘を打つ。どうしよう、今日はどうやって断ろう。  もう既にこういう状況は何度か起きている。そりゃあ、二年も付き合えばシたいと思うのは当然だろう。自分も男だからそういうことはわかる。けれど、裕司は雅を女だと思っていて、雅は本当は男だ。そこに齟齬が生じてしまっている。  裕司のは何度か触ったことがある。けど行為自体は何度も断ってきた。生理だから、体がだるいから、早く帰らなきゃだから、お腹が痛いからー。そろそろ、限界が近づいてきていた。断る理由も出し尽くしている。 「っ、」  裕司の唇が雅の首に触れる。少しの痛み、きっとキスマークをつけられた。裕司は意外と独占欲が強く、こうして見える位置にキスマークをつけることが多々あった。 恥ずかしいけど、なかなかやめてくれない。 嬉しいけど、これ以上先には進めない。 「裕司、さん」  雅がそう声をかけると、鼻先に裕司の顔が来た。 「これからご飯作るから、ダメ、です…」  こんな言い訳しか思いつかない。今ヤると体が動かせなくなるからダメ、そういう意味を孕んだ断り文句。  すぐそばにいる裕司と視線が絡み合う。おそらく数秒。数分とも取れるくらい長い時間裕司は雅に覆い被さっていたが、すっと体を起こして雅の上から退いた。  裕司はそのままテーブルの上にあったコーヒーを飲み干し立ち上がった。 「そうですね、疲れちゃったらご飯作れませんよね」 「…ごめんなさい」  雅もゆっくり体を起こし、小さく座り直す。  こういう時本気で気まずくて仕方がないし、騙している罪悪感で死にそうになる。俺が本当に女だったらいいのに、と思わずにはいられない。  テレビでは、鯱がトレーナーと戯れる映像が静かに流れていた。

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