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苦しい言い訳 4
気まずい空気は意外にもすぐに過ぎ去った。流していたドキュメンタリー映画が猫の映像に切り替わったためである。雅も裕司も猫が好きなためすぐにテレビに釘付けになり、可愛いと言って笑い合った。
「あ、そろそろ夕飯作りますね」
ふと時計を見た雅がもうこんな時間だ、と言って立ち上がる。デートの時の夕飯作りは雅の専売特許だった。
雅は料理が得意だ。祖父母の家にいた頃に仕込まれたもので、祖母は普段雅が女の子として生活している時は優しかったため、料理も優しく教えてくれた。たとえ料理に失敗して焦がしたりしても怒りはしなかった。
ただ、「女の子は少しドジっ子な方がモテるわよ」という一言余計なものを付け加えてくるが。
「今日は何作るんですか?」
「肉巻きナスです」
「美味しそうですね」
キッチンに立つ雅に気分よく話しかける裕司。先ほどの雰囲気はどこへやら、和やかな空気が流れていた。
ナスは裕司の好物で、雅は裕司の家に来る時はなるべく多めにナス料理を作ってタッパーに詰めて帰っている。
手際よくナスを四等分にし、豚バラ肉を巻き、片栗粉につけて焼いていく。焼く途中で甘辛いタレを作り、外の肉に火が通った頃合いにタレをかけて軽く蒸し焼きにする。
作り終わると皿に盛り付け、冷蔵庫からレタスとトマトを取り出し小さめの器にちぎって入れる。それから春雨を煮て炒り卵とマヨネーズ、キュウリと和えて混ぜる。ご飯は裕司が家を出る前に炊いてくれていたようで既に炊き上がっていた。
簡単に料理を作り終えると裕司が来て皿をリビングに持って行ってくれた。キッチンが広いとはいえないためこういう何気ない気遣いがとても有難い。
そうこうしているうちにリビングのテーブルが一気に彩り豊かになる。
「おいしそうですね」
「上手くできてよかったです」
裕司はたとえ雅が上手く作れなかったとしてもおいしそうだ、と全て食べてくれる。そういう所も含めて好きだ。
箸を持つと裕司はいただきますと食べ始めた。その姿を見てから雅もいただきますと小さく呟き食べ始める。
裕司は男らしくそれなりに食べるが、雅は身バレしないように茶碗に半分少ししかご飯を盛らない。なんなら今日はチュロスとホットドッグ、ポップコーンも少し貰ったから夜は食べなくていいくらいだ。だが、どうしても腹は減る。多少大食いであっても裕司は気にしないと知っているため、雅はご飯を食べた。
食べ終えたあとの片付けは裕司の仕事だ。付き合って二年の間で自然とこういう時に役割を分担して生活するようになっている。
食器が片付けられたら、そろそろ帰る時間だ。雅はスマホが手元にあるか確認し、スマホをカバンに入れる。それを見て裕司はすぐに雅の元に来た。
「時間経つのが早いですね」
「そうですね…ちょっと、寂しくなりますね」
楽しい時間はすぐに過ぎる。裕司といる時は本当にそうで、多少気まずくなることもあるが基本的に楽しくてずっと一緒にいたいと思ってしまう。
「あの、宮子さん」
「はい」
裕司が神妙な顔をして呼びかけてくる。これは、もしかしてさっきの事を聞かれるのだろうか。やっぱり断りすぎだろう…そろそろ拒絶する理由を本気で問いただされるかもしれない。そう思って身構えたが、裕司が言ってきたのは意外なことだった。
「僕たち、いつも敬語じゃないですか。そろそろやめませんか。僕たちもう付き合って二年ですし」
「あ、…たしかに」
問いただされなかったことに安堵しつつ、雅は頷いた。二年も付き合ってるのに未だにメッセージでは簡単なやり取りしかしていない。二人ともあまりメッセージを送り合わないのもあるが、その堅苦しい感じがそのまま会話に現れたような話し方を二人はしている。いい加減やめてもいいだろう。
「じゃあ、えっと…裕司さん、また来るね」
「さん」
「え?」
「さん付けも、やめよう」
「……裕司、またね?」
口に出すとぶわーっと恥ずかしさが顔に拡がっていく。裕司から見た雅はきっと真っ赤だろ
う。改めて名前を呼び捨てで呼ぶというのがとても、とても恋人らしくていい。
「じゃあ、宮子」
名前を呼ばれて、雅は浮き上がっていた気持ちが一気に沈むのを感じた。それは仮の名前であって、雅の名前ではない。……やっぱり自分は本当の意味で恋人にはなれないのだと実感させられた。
そんな雅の気持ちを知らずに、裕司は玄関先まで雅を送りに来てくれた。
「送っていかなくて大丈夫?」
「うん。まだ明るいしねっ」
裕司に気づかれないように明るく振る舞う。じゃないと泣いてしまいそうだったから。
「ほんとに今日はありがとう。楽しかった!」
「また映画見ような」
「うん。それじゃあ、またね…裕司」
くるりと玄関の方を向いた瞬間、ぐいっと裕司が腕を使って雅を抱きしめてた。体型のことを忘れて純粋に心臓が止まりかける。
「またな…宮子。好きだ」
「私も、好きです」
家に帰って風呂に入った時、首についたキスマークに気づいた。それを見て、雅はそっとその跡を優しく指でなぞった。
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