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文句のつけ所がない君 3
ただの疑問だったが、それを二人は結構重く捉えてしまったらしい。関田は俺の肩に自分の腕を回すと、小さな声でセックスがないからってそんな落ち込むなって、と見当違いな励ましをくれた。
「それにしても安倍さんはなんでそんなに嫌がるんだろうな」
「浮気してる雰囲気はないんだろ?」
関田の言葉に頷く。宮子の行動や様子を見る限り怪しいところはなく、常に裕司を思ってくれているようだった。これでもし浮気しているなら主演女優賞を取ることができるだろう。それくらい宮子には不審な点がなかった。
最初に迫ったのは付き合って一年経った頃である。
宮子はごめんなさい生理なのと行為を断った。それは女性の体の仕組み上仕方がないことだ、と裕司は諦めた。
次に迫った時は体がだるいのと断りを入れてきた。心配になった裕司は宮子を家に帰した。
三回目に迫った時は仕事が家に残っていてやり終えないといけないからと断られた。仕事は大事だ、と裕司は宮子を見送った。
四回目に迫った時は時宮子はお腹の調子がよくないからとトイレに籠ってしまった。体調が良くないときに無理してやることではない、と裕司は頷いた。
そしてつい一週間前、夕飯を作るのに疲れてしまうのは困るから、と拒絶されてしまった。もうあれは断りではなく拒絶と言ってしまっていいだろう。宮子は裕司とするのが嫌なのだと思わざるを得ないような言い訳だった。最後に断られた理由を二人に話したところ、関田はあー…と言葉を失い、石塚はなんかごめんな、と謝ってきた。
結婚して子供もできた石塚に謝られると立場がないような気がする。
「結局何回断られたんだ」
「五回」
「…聞いて悪かった」
「謝らないでくれ、石塚…余計に抉られる」
裕司と石塚の会話に入ってこなかった関田は、携帯を触っていた。そしてなにかを見つけ、これだ!と裕司たちの前に差し出してきた。携帯の画面にはアセクシャルとは、とホームページに書かれていた。
「アセクシャル?」
「そう。前々からなんでそんな嫌がるんだろうなーって考えてたんだよ。そしたらこの間テレビで性思考の番組やっててさ」
関田が裕司に携帯を渡す。ホームページには「アセクシャルとは、恋愛感情は抱いても性的欲求を抱かない、または抱くことが少ないセクシュアリティです」と書かれていた。
「そんな性嗜好あるんだな」
石塚が裕司の隣に来て驚いたように画面を見てくる。
「安倍さんってもしかしてそれなんじゃねーの?」
関田の真面目な顔を見て、携帯に視線を戻す。もし宮子がこの性思考をしているとしたら、これまで酷いことをしてきたことになる。性愛を抱けないセクシュアリティなのに何度も何度も行為を迫って…。
「俺、宮子になんてことを…彼女に顔向けできない…」
「まぁ、そうなるよな…。安倍さんとの関係はどうすんだ」
携帯を関田に返すと、彼がそう聞いてきた。
「どうって」
「別れるのかってこと」
「そんな、できないくらいで別れるなんてことない!」
「じゃあ一人で虚しく抜くのかよ」
「それは…」
今までゴールだと思っていた結婚がだんだん遠のいていくのを感じる。もし彼女がアセクシャルだったら子供は作れないし、もちろん子供が独り立ちすることもない。今後どうやって生活していくのか…それを考えるとどんどん不安が募っていく。
「待て待て、まだ決まったわけじゃないだろ。こういうのはちゃんと話し合わないとわからないし」
石塚にそう諭され頷いた。それでも念頭に置いておくに越したことはないだろう。きっとこれからの生活に置いて、性生活というのは重要になってくるのだから。
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