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非の打ち所がないあなた 3

   実際そこは気になるところだろう。未だに雅のことを女性だと思って告白してくる他部署の人間がいるくらいだ。雅は女性として見られている。 けれど事実付き合っているのが男性となると、ちゃんと説明しているのか気になるのだろう。  雅が無言を貫いていると伊藤が言えてないんですね…と小さく非難するような声で言ってきた。  不穏な空気を感じた紗枝が雅の肩を掴み、でもでも!と揺らしてくる。 「宮子は将来的には女の子になる予定だもんねー!その時に話せたらいいよね!」 「あ、う、うん…」  今の所その予定は一切ないが一応頷いておく。すると伊藤もそれなら、と頷いてくれた。  しかし祖母が前に言っていた性転換の貯金を貯め切ったら…そう考えると雅は肝が冷えるのを感じた。雅は可愛いものが好きで身につけるのも好きだった。  小さい頃はそれが仇になるなんて思いもしなかった。女でも男でもない今の自分。それが雅にとっては苦しい。なにより大好きな裕司に嘘をつき続けるのはしんどかった。  ため息をついてスープカレーを一口含んだ時、携帯の画面がピカっと光った。通知だ。携帯を開けば、裕司から連絡がきている。きっと彼も休憩時間なんだろう。  なんだろう、と通知をタップすれば、なんと今度有給取って旅行に行かないかとお誘いが来ていた。 「えっ」  思わず携帯を持ったまま椅子から立ち上がってしまうと、両隣にいた伊藤と紗枝が驚いて仰け反った。二人にどうしたの?と聞かれ画面を見せれば伊藤も紗枝もええー!と口とを押さえて叫ぶ。  声は昼時の食堂の喧騒にかき消された。 「ど、どど、どうしよう!旅行?!」 「ちょ、落ち着いて宮子!一旦座ろ!」  紗枝に諭され椅子に座るが、興奮冷めやらない。付き合ってから旅行なんて行ったことがない。なかなか休日も合わないし、仕事が忙しい部署にいるともあって呼び出されることもあるため旅行に行こうという気も起きなかった。  そうか、有給を使えばそんなこともないのか、と思ったがとちゃんと考えればわかることだった。 「行き先は?」 「えっと…」  画面をちらりと見ればURLが送られて来ていて、それを開いて見れば旅行先の観光地がまとめられたURLが送られてきていた。場所は、三重県、伊勢。 「伊勢だって」 「結構遠いじゃん!」 「でも伊勢ってご飯が美味しいって聞きますよ!」  雅たちのいる県は神奈川県でそこからどれくらいかかるのはわからないが、関東から出ることはわかる。あれ、三重県って中部地方だっけ、近畿地方だっけ。  あまりにびっくりしすぎて混乱していたが、ふともし旅行に行ったら風呂に入るのでは?と気づく。 「…む、無理。私旅行行けない」 「えーなんで!」 「お風呂どうするの、私女性だと思われてるのに。それに旅行なんて行ったら、よ、夜本当に断れないっ」  携帯を置いて顔を覆う。この間だってかなり苦しい言い訳をしたのに…旅行なんて、今度こそ断りきれない。  嘆く雅を見て伊藤と紗枝が顔を合わせる。なにかを察したらしい紗枝は雅の背中を摩ってくれた。 「…男ってそういうことばっかり考えてるのかってくらいそういうことが好きよね」  いや、雅も男なのだが。紗枝にとっては雅と話すときは女性と話している時と同じなのだろう。 「あ、そっか、安倍先輩言ってないから誘われちゃうんですね…」  紗枝の言葉で理解したらしい伊藤が気の毒そうに声をかけてくれる。  もし旅行に行ったとしよう。雅は女性風呂にも裕司がいる男性風呂にも入ることはできない。そして旅行なんて、そういう行為をしないカップルがいるだろうか。  少なからずいるかもしれないが、ほとんどのカップルがセックスをするだろう。なんなら移動中にトイレにだって入れない。男女兼用トイレがあればいいが、そう簡単に見つかるかもわからない。  問題点だらけの旅行計画に、実際は楽しみたいのににどうやって断りを入れようかと雅はすでに考えてしまっていた。  本当に、自分の性別が憎い。今の今まで女として生まれたかったと願ったことはないが今回ばかりは流石に思ってしまった。  少しの沈黙の後、伊藤が安倍先輩、と声をかけてきた。 「メッセージ、まだ続いてますよ」  そう言われ画面を見れば、裕司がまだメッセージを続けていた。携帯を取って確認すると「旅館を予約しようと思ってるんだ。部屋の中に露天風呂がある部屋がいいなと思ってるんだけど、どうかな」ときていた。 「あ、お風呂解決した…」 「ほんと?」  紗枝が画面を覗き込んでくる。メッセージを読み終わると紗枝は一呼吸置いて、雅の肩を痛いほど強く掴んで自分の方に向かせた。 「宮子、旅行、行きな」 「え、でも…他にも問題点がいっぱいで」 「相談乗るから行って来な!こんな機会滅多にないよ!それに…今回が言うべき時なのかもしれない!」  言うべき時…自分が男だと伝えるべき時。  そうだ。こういうきっかけがないとほんとに言えない。これ以上引き伸ばすべきではないし、これ以上引き伸ばすことはそもそもできない。 「わ、私も!相談乗ります!」  後ろで伊藤が小さく手を挙げる。 「二人とも…ありがとう」  心強い味方ができたことに雅は目が潤みかけるのを感じ、軽く目元を指で押さえた。そして雅はその場で旅行に行きたい、と裕司にメッセージを送った。 それから数分後、裕司が話したいこともありますとメッセージを送って来ていたことを、会話に花を咲かせていた三人は知らなかった。  

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