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旅行と性嗜好 1
関田と石塚に性嗜好を聞くならちゃんとした場を設けた方がいいと言われ、旅行を計画することにした。正直最初は断られると思っていた。宮子は旅行系は好いていないと勝手に思い込んでいたからである。しかし返ってきた返事は想定していたより喜ばしいもので、裕司と宮子は旅行に行くことになった。
行き先は三重県の伊勢だ。そこを選んだ理由は、関田にどうせなら一緒に風呂でも入れよと言われ、―一緒に入ることはなくとも―そこの旅館の露天風呂から見える夜空が綺麗だと評判だったからだ。
もし宮子がアセクシャルだった場合は一人で、もしそういう理由なく嫌がられていた場合は理由を聞き、理解した上で二人で入る予定だ。裸の付き合いという言葉があるように、いっそ裸になってしまえば話せるのではという石塚の提案でもある。
全てがうまく行くかはわからない。けれど、一つでも宮子を理解する手立てになればいいと裕司は考えていた。
雅も裕司も車を持っておらず、三重までは車を使うことになったためレンタカーを借りてまずは宮子のマンションまで迎えに行くことになった。
宮子は免許を持っていない。軽く聞いた話では祖父母に育てられたらしくお金を出してもらうのが申し訳なくて教習所に通っていないのだとか。そうして気づけばこの年齢になってしまった、と宮子は苦笑していた。
そして当日、だんだんと冬に近づいてきているため寒くなってきた早朝。ここから三重の伊勢までは車で5時間ほどかかるため朝早くから出ることになった。
新幹線の方が早いためその手を使って行くことも考えたが、話し合った結果二人でのんびり行くことにしたため車を使うことになった。
高速道路を抜け宮子のマンションまで行き、近くの駐車場に停める。高速道路が混むかもしれないと考えいつも通り三十分前に着いてしまい、「着いたよ でもまだ時間あるからゆっくり用意していいから」とメッセージを送った。
今日は普段と違って待ち合わせ場所がないので、宮子から靴の写真は送られてきていない。そのため宮子がどんな服を着てくるのか全く予想ができない状態だったが、その分楽しみでもあった。
その間好きな音楽を携帯で流して待っていた。
十五分後、窓を叩く音が聞こえため車を降り反対側に回る。宮子だった。でも、いつもの彼女ではなかった。
栗毛色の髪を丁寧に巻き、派手ではないが綺麗にネイルを爪に施していた。いちばんなにが違うのかというと、服装だった。
彼女は身長が大きいせいで少し肩幅が大きいことを気にしているらしく、なるべく隠す服装をしていた。しかし今日は、黒のオフショルの服、体のラインに沿ったベージュのスカート、恐らくマーメイドスカートというものをを履いていて、それはもう本当に羞花閉月のような美しさだった。
思わず見惚れていると、今日のために選んだのだろう、宮子は黒い大きめのカバンで自分の体を隠してしまう。
「あの…遅れてごめんなさい」
「あ、いや、遅れてないよ、大丈夫。僕がいつも早めに着きすぎるだけだから」
「はぃ…」
宮子はもじもじ、と足を擦り合わせている。どうやら恥ずかしいらしい。
その宮子の足元にボストンバッグが1つあることに気づき、車に乗せるよと車の後方に周りトランクを開けた。既にそこには裕司の荷物も入っている。
宮子がバッグを持とうとするためそれを阻止し、裕司は宮子のカバンを入れた。
「ありがとう裕司」
「これくらいどうってことないよ。それより…」
裕司はもう一度宮子をじっと見て、綺麗だ、と呟いた。その途端、宮子はカバンを顔にまで上げ顔を隠すと、そのまま座り込んでしまった。
なにかいけないことでも言っただろうか、と裕司があたふたしていると、宮子がううと唸りながら弁解する。
「こ、これ、友達に選んでもらったんだけど…普段着ない服だから恥ずかしくて!」
たしかに、これまで宮子がこのような服を着ているのは見たことがない。旅行ということで友達もおしゃれした方がいいと思い宮子の格好を考えてくれたようだった。
裕司は心の中で片腕でグッドサインを高々と掲げた。友達、ナイス。
「本当によく似合ってる」
「あり、ありが、とう」
どもりながらもゆっくり立ち上がる宮子。あまり見ているとまた恥ずかしがって動けなくなってしまう可能性もあるためしっかり目に焼き付け、そっと助手席のドアを開けてあげた。ありがとうと言って車内に入る宮子を見届けてからドアを閉じ、自分も運転席側にまわって車に入った。
さて運転するか、とブレーキを踏もうとした瞬間、宮子があ、と言った。
「どうかしましたか?」
「謝らないといけないことがあって…私、今日から生理で。ほんと、予定外なんです。お風呂は部屋にあるので入れないとかはないんですけど…」
最初から断りを入れられてしまった。想定外だが、断られるのは想定内。もう何回も断られているため驚くこともない。
「気にしないで。生理だと女性って温泉入れないんだっけ」
「そうなの、結構それがネックなの」
「大変だね…」
頷く宮子は小さくあくびをした。普段会社に行く時より朝早い時間のため眠いだろう。
「眠かったら寝てていいからね」
「ありがとう。でも裕司が運転してくれてるのに寝ちゃうのは勿体無いかも」
「もったいない?」
なにが?と首を傾げれば、宮子ははっとした顔をして俯いた。顔を少し覗き込めば、頬が赤い。これは、もしかして。もしかしてだけど、言っていいだろうか。
「もしかして、運転してる姿、好き?」
宮子は今度は手で顔を覆い、ぷるぷると小さく震えていた。なにも言わないということは、そういうことらしい。
思わず頬を緩ませると宮子が右手の隙間からこちらを見て、早く行こ!とハンドルを指差した。
今日は、これまで見たことがない宮子が見れるかもしれない、と心躍らせながらハンドルを握った。
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