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旅行と性嗜好 4

 後は旅館までの道のりを行き、二人はようやく一息つくことができた。  部屋に入るために、裕司は荷物を持ちながら靴を脱ぐ。宮子のに持つも持つ予定だったが、車の運転で疲れている裕司にそこまでさせられない、と荷物を取られてしまった。そのため裕司の隣には荷物を持った宮子がいる。 「綺麗!広い!」  今回の部屋はそれなりに広く、寝室と食べるための部屋が別れているタイプだった。そのため宮子は部屋に入るなに子供のようにはしゃぎ、隣の部屋を開けて感嘆の声を上げている。  微笑んで見守っていると、裕司ーと呼ばれて宮子の後をついて行った。 「お風呂ってこれ?!」  栗毛色の髪をふわりと跳ねさせながら振り返る宮子の目の前には大きな檜の浴槽があった。中は空で自分で沸かすタイプのようで、隣には同じく檜で作られた蛇口がある。  なかなか趣のあるそれを宮子と同じ位置に並んで眺める。 「そうみたいだな。意外と広い」 「そうだね!」  宮子はとにかく楽しいようで、常に笑顔でキョロキョロと辺りを見回している。しかし途中でピタッと止まるといそいそと自分の荷物の方に向かっていった。 「ごめんお手洗い行ってくるね」  宮子は自分の黒い鞄から小さなポーチを取り出すとささっとトイレに行ってしまう。生理用品を変えに行ったんだろう。  女性は大変だな、と思いながら裕司は大きく茶色いローテーブルの前の座椅子に座った。    …静かだ。 都会の喧騒から離れ山奥の旅館に来てみたが、今更になって改めてよかったなと思う。外からは山の木々の擦れる音と鳥の鳴き声がした。  少しして水の流れる音がし、宮子が帰ってくる。 「ただいま」 「おかえり」  宮子は自然と裕司の隣に座った。そして裕司に習うように静かに鳥の鳴き声を聞いている。  ―話すなら、今じゃないか?そう思って宮子、と呼ぶ。宮子は、ん?と裕司の方を向いた。ふぅ、と一呼吸置いて、口を開いた瞬間。  失礼します、という声と共に襖が開く。びっくりして振り返ると、正座をし三つ指をついた若い女将さんがいた。 「長旅のところお疲れでしょうが、ご飯は何時頃にいたしましょうか」  そういえば食事は部屋で取る、に選択した記憶がある。 「あぁ…宮子、何時ごろがいい?」 「裕司はお腹空いてる?」 「僕は…まぁ、それなりに」 「じゃあ三十分後、十八時半とかできますか?」 「はい。かしこまりました」 「ありがとうございます!」  宮子は女将さんに礼を言ってお辞儀をすると、また風呂を見に行ってしまった。    完全に失敗だった。実は裕司は今日一日中タイミングを伺っていた。  朝車に乗った時、三重までの道のり、途中のサービスエリア、伊勢神宮のおみくじを引いた時、そして今。  性嗜好など特にナイーブな問題だ。  だからこそ余計に気を遣ってしまってなかなか聞くことができないでいた。しかしそれがダメだったようで、こんな時間になってしまっている。  せめて車で移動しているタイミングで聞けばよかった、など思っても後の祭り。旅行を誘った時に「話がある」ということをすっかり忘れているようだし、宮子は今日がただの旅行だと思い込んでいる。関田と石塚がせっかく企画してくれたのに…申し訳なくなった。 あと時間があるとすれば…食事の後の休憩時間だった。  

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