31 / 63
たとえ君がなんであろうと 2
化粧が終わる頃には祐司も着替えも荷物整理も終わっており、雅は昨日帰るために用意していたためすぐに出ることが出来た。
フロントで鍵を返し、車に乗り込む。正直隣に乗るのは気まずかったが、乗せてもらのになにかしないわけにはいかない。仕方なく雅は祐司の隣に座った。
祐司が水族館までの地図をカーナビで出す。ここから一時間半ほどかかるらしい。それまでこの空気でいろと?本気?と顔が引き攣るのを感じる。
「……」
「…………」
スムーズに動き出す車。会話のない車内。山道で跳ねるタイヤ。気まずい。
山道が終わりようやく信号のある道路まで出た時、ふと祐司がこちらを向いた。
「そういや、タバコ吸うんだね」
「なっ、」
なんで知ってるの、という言葉を紡ぐことが出来ないほど驚いた。
たしかに雅はタバコを吸うが、本当に時々で匂いなんてわからないはずだ。仕事でイライラした時や眠れない時にだけ、強いタバコを一本吸う。
なぜそれがバレたのだろう。昨日今日とタバコは吸っていない。一昨日は吸ったけど、一本だけだし臭い対策はきちんとした。バレないはずだ。
戸惑う雅を見かねてか、祐司が指を指す。
「カバン、見えてるよ」
「あっ…」
そういや用意を面倒くさがって普段使ってるバッグの中身をそのまま移動させたんだった。その中にはタバコもある。
そして言われた通りカバンを見れば、ひょっこりと奥に入れたはずのタバコが顔を出していた。
「それも隠し事、か」
「…タバコは、ほんとに時々しか吸わなくて。だから言わなくてもいいかなって思ってました。…すみません」
「いいよ。人の趣味嗜好に文句はつけないし、僕だって言えてないことだってあったしね。なんなら今吸う?」
「いや、大丈夫…です。車臭くなっちゃうし…」
「気にしなくていい」
ゆっくりとまた車が動き出す。彼の運転はとても丁寧だ。
「それに、吸ってるとこ見てみたい」
……そこまで言われてしまうと、吸わなきゃいけない気分になる。
雅はカバンの内側のポケットから携帯用灰皿とタバコの箱を取り出し、箱からタバコ一本とライターを取りだし火をつけた。
口に咥え、綺麗な空気と汚い空気を入れ替える。そのまま肺で味わい、ゆっくり息を祐司が開けてくれた窓に向かって吐き出した。苦く、おいしい。食事の美味しいとは違った趣がある。
二日ぶりのタバコに浸っていると、手馴れてるねと祐司に言われた。
「いつから吸ってるの?」
「……高二」
「ちょっと」
「祖母に対する反抗心から吸ったんです」
苦言を呈そうとする祐司にいいから聞けと言わんばかりに言葉を遮る。
反抗期という反抗期すらなかった、させてもらえなかった雅は、祖母の異常さに負けながらも心のどこかでいつか自分の性別を取り戻そうと足掻いていた。タバコを嫌う祖母に対する唯一の反抗。それが女として生かされてきた雅の唯一の拠り所だった。
そんな事をつらつらと話せば祐司は静かになってしまう。こんな話、楽しくないだろう。
二口、三口と吸えば、タバコはどんどん短くなる。それに寂しさを覚えていた時、ひょいっと祐司が雅の吸っていたタバコを取り上げてしまった。
文句を言おうと祐司の方を向くと、祐司はその吸いかけのタバコをそのまま自分の口に咥え一吸いしている。そしてゲボゲボと噎せた。
「なにしてるの。それ強いやつだから慣れてない人だと余計に辛いでしょ」
「げほっ…別に……ただ、君の人生が知りたかっただけだ」
意地が悪いんだか、優しんだか。
雅は裕司からタバコを取り戻すと一吸いする。吐く時に少し顔が赤かったのは、間接キスだと気づいてしまったからだ。
ともだちにシェアしよう!

