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たとえ君がなんであろうと 4
水族館で一番楽しかったのはペンギンの散歩だった。たくさんのペンギンたちが館内を歩く姿は本当に可愛らしく、雅は何枚も写真を撮った。裕司もその姿に癒されたのか表情を緩めていて、雅はその時の彼の写真をこっそり横から撮っている。いつかこの恋が癒された時にでも見るつもりだ。
困ったのは食事の時間で、雅が席取り、裕司が食券を買いに行った時である。
なかなかに混んでいるため時間がかかるだろうと雅が携帯を触っていると、目の前に知らない男性が二人雅の許可なく座ってきたのだ。
もしかしてここの席は取られていたのか、と謝って移動しようとすると腕を掴まれた。
「え、あの」
「かわいいね、君」
ナンパだ。瞬時にわかって雅は顔を顰めた。時々あるが、まさかこんな時にナンパされるなんて。というか水族館でナンパってあるの?と雅は内心驚いていた。それよりも、振り払わないと。
「離してください」
「ねえ、俺たちと回らない?」
「連れがいますので」
「その子も女の子じゃないの?だったら一緒に回ろうよ」
「連れは男で」
「彼氏なの?」
「……」
別れ話はしていないが、裕司的に彼氏と言われるのは嫌かもしれない。そんな思いが浮かんで思わず口ごもってしまう。その様子を見てもう一人のナンパ男が雅の背後を取って肩に手を置いてきた。さ、行こっか、と顔を覗き込まれ…すぐに男が体を離した。
「なにこいつ、男じゃん」
「は?」
目の前にいた男も顔を覗き込んでくる。じっと見つめるも、その男には雅が男だとはわからないようで首を傾げた。
「よくわかったなお前」
「元カノのメイクがすごかったせいでわかるようになったんだよ。なんだよ気色わりぃ。行こうぜ」
気色わりぃ…その言葉がナイフのように雅の心に突き刺ささる。そう、人によっては男なのに女の格好をしている雅は気持ち悪いのだ。学生の時は特にそれが酷くて、一部の人間の言葉にたくさん傷つけられてきた。まさか今になってまたその言葉に傷つけられることになるなんて。
―裕司も、そう思ったのだろうか。
もし裕司に気持ち悪いと思われていたら…そんなの……。
「どうした?」
どきりとして顔を上げる。裕司が両手に料理の乗ったトレーを持って帰ってきていた。
「なんでも、ない」
すぐに顔を背け、椅子に座る。裕司は雅の方に伊勢うどんを置くと、なんでもないことないだろと言った。
「ひどい顔してる。なにかあったのか」
「なんでもないです」
「おい…」
「言いたくないの」
裕司にも気持ち悪いと思われているんじゃないか、と言う思想が消えなくて。もしその話をして頷かれてしまったらと思うと、怖くて。口を開けなかった。
うどんありがとうと裕司に伝えて雅は無言でうどんを食べる。裕司もそれ以上は聞けないと思ったのか、同じように無言で食べ始めた。
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