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たとえ君がなんであろうと 5
その後は気分をどうにか盛り上げて水族館を楽しんだ。最後に寄ったのは白イルカの水槽で、夕方の差し掛かっていたせいかすでにライトアップさていて綺麗だった。
「あ、綺麗!」
裕司の腕を抜けて水槽に走り寄る。
「相良さん、綺麗ですよ!」
振り返って裕司に声をかけると、裕司も水槽に近づいてきて頷いて賛同してくれた。
「シロイルカって別名ベルーガですっけ」
「確かそうだな。…そういやベルーガって頭のぷにぷにした部分はメロンって言うらしいよ」
「へぇぇ!豆知識ですね!」
写真を撮ることも忘れ見惚れていると、裕司がまた手を繋いでくれた。
昨日あんなことがあったのにこうして気遣ってくれるなんて裕司は優しい。多分、雅が最後のデートを楽しみたいと思っているのを感じ取ってくれているのだろう。このままこうしていられたら、と思った瞬間、手を引かれた。
「さっき…なに言われたんだ」
またその話。雅は眉根を寄せると、首を振って言わないことを意思表示した。けれどもそれを裕司は許してくれない。
「近くに男がいたけど、そいつらに関係してるのか」
「言いたくないって…」
「言って」
裕司が雅の顔を覗き込んでくる。その顔の真剣さに負け、雅は口を開いた。
「ナンパ…されたんです。でも男の一人が私が男なことに気づいて…気持ち悪い、って」
「はぁ?」
すでにその男たちがいないのは分かりきってることなのに、裕司が周りを見る。当然二人組はいなかった。
裕司はため息をつき、優しく頭を撫でてくれる。
「君は気持ち悪くない。大丈夫だ」
……どうして彼はこんなに優しいのだろう。雅にもう二年…いや、四年も騙されていたというのに。
こんなに優しいと、別れたくなくなる。彼は普通の女性と結婚して幸せな生活を送るべきだ。そんなこと、とうにわかっているのに。
涙が一筋、零れ落ちた。
頭を撫でていた手が止まる。顔を上げると裕司がまっすぐ雅を見ていた。今まで見たことない真面目な表情に心臓が嫌な音を立てる。とうとう、別れ話なのかもしれない。雅は大人しく諦観した。裕司が気持ち悪くないと言ってくれただけでも、嬉しかった。
もう涙を見せないように下を向くのだけは許して欲しかったのに、裕司は雅の顎を掴んで顔を上げさせた。
「…なんですか」
そっけなくなってしまうのは仕方ない。涙をすでに堪えているのだ。
「言いたいことがある」
「…はい」
裕司の目に映る雅が涙目になる。だめだ、目を見ていられないと下を向いた。耳も塞いでしまいたかった。でも、それは裕司に失礼だと思ったからやめた。
偶然シロイルカの水槽の前に他の人がいなくなる。静かになってしまった館内で、裕司の声が響いた。
「君が……宮子が、雅が、君がなんであろうと、僕は君が嫌いになれない。性別なんて関係ないって、今日一日考えて気づいた。…だから、別れないよ」
ばっと裕司の方を向く。裕司いつも“宮子“を見ていたあの時と同じ目をしていた。
「う、そ」
「嘘じゃないよ、雅。今朝、騙されたなんて酷いこと言ってごめん」
本当の名前を呼んでくれる裕司。目からボロ、とさらに涙が出る。メイクが崩れるのも気にせず手で涙を拭っていると裕司がぎゅっと雅を抱きしめてくれた。その行動でより一層涙が出る。昨日と同じようにしゃくりを上げながら、いや、昨日と全く違う気持ちを抱きながらしゃくりを上げていると、裕司がなぜか片膝をついて雅を見上げてきた。
「なに…」
「結婚できないのは知っている。でもいつかその時が来た時、僕と一緒に連れ添ってくれないか」
そう言って裕司はカバンから小さな箱を取り出した。中には小さなリングがきらりと光っていた。
「けっ、結婚指輪?!」
驚いて声を上げると、気づけば周りに人が戻ってきていてざわめきたっていた。その声は徐々に大きくなり、拍手に変わっていた。
「えっ、えっ、えっ」
口を押さえて周りを見ると、皆一様にして笑顔で雅と裕司を見ていた。ここで断ることなんて、できない。
雅はええいどうにでもなれ!と、思い裕司に向かってはい!と大声で答えた。すると裕司はすぐに立ち上がり、雅の指に指輪をはめた。
拍手はさらに大きくなった。
シロイルカも、祝福するように雅たちのそばを泳いでいた。
のちにその水族館では結婚式も挙げれるようになったとかないとか。
帰りの車内。なかなか泣き止まない雅を案じて裕司は車を動かせないでいた。それからなにかを思い出したかのようにあ!と声を出した。
「実はチケット取ったの朝なんだ」
「え」
「もう朝方には答え出てたんだけど言うタイミングがなくて…だから水族館に行こうって言ったんだ。本当はイルカショーの時にでも言おうと思ってたんだけど、まさかないなんて思わなくて」
下を向いて自分の無知を恥じる祐司。しかし雅はそれよりも驚いていた。
「は、早く言ってよ!私これが最後のデートなんだって本気で、本気で泣きかけたのにぃ」
「ご、ごめん…泣かないで雅」
「今呼ぶなぁ!泣いちゃうでしょお!」
「え、宮子…?」
「宮子じゃないー!」
「乙女心は難しいな…」
「女じゃないもん!」
こんなコントみたいな会話をしながら、二人は帰路に着いたのだった。
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