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俺の落ち度 1
最初に雅がインフルエンザだと聞いたのは本人ではなく雅の会社の同僚からだった。三日前に雅にこの間の埋め合わせどこに行きたいと連絡したが一向に返事がなく、既読すらつかない。もしかして本気で愛想を尽かされたのかと不安になっていた時、雅の会社に資料を届けに行く仕事を任された。
こんなチャンス二度とないと雅の会社に赴けば、訪問者が来た時はいつも対応してくれるはずの雅がおらず別の女性が対応してくれたのだ。聞けば雅は三日前にインフルエンザになって出勤停止となっていると言う。そんな話を聞いた裕司はすぐさま雅のところに赴いた。
もちろん手ぶらではない。裕司に返信できないほどだ、かなり弱っているに違いないと考え栄養補給のしやすいインナーゼリーやすぐ作れるお粥のパック、スポーツドリンクなどを買い込み雅のところに向かった。
インターホンを押した時に出れるのかと一瞬不安になったが意外にも中からは声がする。しかし開かれた扉の先にいた雅は赤い顔をしておりかなりふらついている状態だった。裕司がいることに驚き固まる彼の体を支えて部屋に入れば暖房が効いておらず病人には過酷な状態になっている。
すぐに暖房をつけ雅をベッドに寝かせ、自分は持ってきたものを冷蔵庫に入れた。中は予想通り空っぽで飲み物ひとつない状態だった。
中身を全て入れ終わると雅に近づいて熱は?と聞いた。雅は小さな声でわかんないと答える。しかし首を触るとかなり体温が高いことがわかったため、持ってきた袋から冷えピタの箱を取り出し中身を一枚取り出し雅の額に貼った。彼は気持ちよさそうに目を細める。
「なんで連絡しなかった」
「あ…えっと、携帯の電池切れてて」
「違う、初日からだよ。言ってくれれば看病しに来たのに」
「だって、迷惑…それに移っちゃいますし…」
心の中で舌打ちする。雅との会話がどこかよそよそしいのは気づいていた。きっと男だと言ってしまったことを後悔しているのもあるだろう。前みたいに裕司と呼ぶこともなく、敬語に戻ってしまった。
それでも、僕は
「僕、仮にも君の彼氏なんだけど」
そう、僕は雅の彼氏なのだ。こうして熱で苦しんでいる彼女―彼氏を放っておくわけにはいかない。
その言葉を言った瞬間、雅が俯いた。なにを考えているのかはわからないがとにかく今はやすませなければならない、と体を動かしたとき雅が見ないで…と小声で言ってきた。
「どうした?」
「化粧、してないの…」
ため息をつきかけたがどうにかこらえた。どうでもいいと言ってしまえばそれまでだが、素顔を―男の顔を見られたくない雅からすると病気であっても気になる事なのだろう。
だから裕司は優しく病気であれば化粧なんてできないことを諭した。なのに。
「ゆ…相良さんが気にしなくても私が気にするんです」
わざわざ名前まで言い直されてカチンときた。
そもそも連絡してこないことで少し苛立っていたのだ。怒るのは仕方がないことだ、そう自分に言い聞かせ裕司は雅の腕を引っ張り顔を見た。
旅行以来久しぶりに見る、雅の素顔。
「な、なにっ」
「祐司」
「え」
「そろそろ、祐司って呼んで欲しいんだけど。敬語も取って…前みたいに話してよ」
簡単に言うと、これだ。結局前みたいな関係に戻りたいのである。せっかく恥を忍んでみんなの前でプロポーズしたというのにこれでは意味がない。
雅ははっとした顔をして、それから小声で裕司の名前を呼び、涙をながしながら謝ってきた。熱が出ると心細くなるのだろう、と頭を撫でれば違うと返される。
「祐司が来てくれて、嬉しいの」
…そうか、来てよかったのか。心のどこかで来ない方がよかったんじゃないかという気持ちもあった。男の姿を見られるのを未だに怖がる雅の元に来ていいのか、と。でも今の雅の言葉でその思いが霧が晴れるようになくなった。
その日はお粥を作って帰ったが、後日回復した雅に言うには会社でプロポーズされたことが広まり他人にいろんなことを聞かれて疲れていたのかもしれない、ということだった。実は裕司の会社でもプロポーズの件は広まっており、誰かが吹聴したと思っていたが…まさか雅のところにまで広まってしまっていたとは考えもしなかった。
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