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俺の落ち度 2

 プロポーズの話をしたのは今のところ二人しかいない。問いただせば、俺かもしれない、と白状したのは関田だった。  曰く友達がプロポーズしたと軽く飲み会の席で言ってしまったらしく、誰かがそれって相良さんじゃない?と言い出し…そこからはそれはもう簡単に広まってしまったらしい。  関田には何度も謝られた。けれど故意ではない彼を強く責めることはできず(雅のこともあったのである程度はシメたが)、結果を雅に事の顛末を伝えることになった。  やはり雅もセクハラ紛いの質問をされていたらしく、もう少し関田をシメ上げればよかったな、と後悔する。  だがとりあえずは出所の分かった安心感からか雅がほっとした表情をした。  そんな雅を何も言わず横から見つめる。段々と頬が赤くなっているのは、もう治ったであろうインフルエンザのせいではないだろう。雅は裕司が見つめていると顔を赤らめる。…そんなところが、いじらしくかわいい。  今日は雅に伝えることがあってきた。そのことを伝え抱きしめた瞬間、雅はそれはもう見たことがないほど顔を赤らめて固まってしまう。返事は良ということで安心し、キスをしようとしたところ拒否されてしまった。きっと恥ずかしさ故の行動なのだろうが…それは裕司をその気にさせてしまった。  帰ってから送ったメッセージは、雅がどんな姿でも気にしないという意味で送ったつもりだった。それが雅を悩ませるとは知らずに。  そんな騒動から約一か月後。 「相良くん」  年々薄くなっていく毛を気遣ってか最近育毛に行くようになったと話してくれた上司が、冬にもかかわらず汗を拭きながら裕司を呼び止めた。 「一週間後の飲み会の幹事、きみだからね」 「ああ、はい」  この間雅の会社と合同で行った二度目の事業が成功をしたのだ。一週間後に執り行われるのは、その成功に基づく飲み会である。今回は裕司が大きく関わったこともあり、裕司は強制参加だった。ちなみに前回の飲み会の時に次は裕司が幹事をすることは決定済みだ。 「すまないけどよろしくね」  そう言って上司は自分のデスクへと戻って行く。幹事とはなかなかめんどくさいもので、だれがいくのか、会計はどう落とすのかなどを考えなければならない。  何度か幹事をやったことがあるが、毎回二度とこんなめんどくさことやるかと毒づいているものの幹事は交代制でいつかまた裕司が幹事をしなければならないのだった。 「めんどくせ…」  しかし諦めきれず小声で小言を漏らす。  その時、ふふ、と隣で声がした。見てみれば自分より小さい位置に頭があった。   「森さん」 「あ、すみません。相良さんが毒吐いてるの珍しくって。でも幹事ってほんとめんどくさいですよね」  彼女は森 弘美。裕司と同じ部署で、今回の事業に同じようにかかわってい居る人物だった。 「飲み会なんて各々やればいいんですよ。会社でやることじゃない」 「わーストイック」  裕司が自分の席に着きながらそう言うとまた森が笑う。彼女もきっと何度か幹事をしてきてめんどくさかった経験はあるのだろう。ついでに聞いておこう、と口を開く。 「森さんは行くんですか?飲み会」 「あ、はい。行きますよ」 「わかりました、登録しときます」 「私お酒好きなんで」  それに…と森が続ける。彼女は小さく、座った裕司とでようやく同じ目線になるほどだった。  そんな森が後ろに手を組んで腰を落とし少し上目遣いになりながら言う。 「相良さんが幹事なら、なおさら行かなきゃ」  どういう意味ですか、と問う前に森はじゃあ私これから訪問なんでと早口に言い裕司の元を去って行ってしまった。首を傾げていると、後ろから誰かに肩を叩かれる。今日は訪問者が多いなと振り向けば石塚だった。 「お前あれ、どうすんの」 「あれどうすんのって…?」  意味が分からず聞き返せば森のことだと言う。 「まさかあの子のこときいてねぇの?」 「なにも。ただの同僚だと」 「あの子、既婚者ハンターって言われるくらい人のもの好きで有名なんだぞ」 「も、森さんが?」  ばっと森の去って行った方向を見るがすでに彼女は出社してしまったようで誰もいなかった。その頭を、石塚が無理やりひねって戻す。その顔は真剣そのものだった。 「裕司がプロポーズされたってんで目をつけたんだよ。まじどうするんだよ」 「どうって…どうもしないよ。僕が好きなのは雅だ」  たとえ誰が裕司のことを好きだろうと、寝盗ろうとしても、自分が動かなければいい話だ。雅が不安に思うことはない。そう思っているのだが、どうやら違うようで。  石塚が近くにあった椅子に腰かけ腕を組んだ。 「あー、そういう問題じゃないんだよなー」 「なに」 「女の子ってのは、そういう自分の男に近づいてくる女のにおいに敏感なんだよ!」 「雅は男…だけど」 「まあそれはそうなんだけど。安倍さんは半生を女性として生きてきたわけだろ、だったらそのにおいはわかるはずだ」 「においにおいって…別に森さん臭くないけど」 「わかってねぇなぁ」  さっきからまるで裕司が阿呆だといいたげな態度にイラっとする。じゃあお前わかるのかよと文句を言えば、石塚はきょとんとした顔をした後、全然、まったく、と言った。なんだこいつ。 「ただ俺の奥さんが超敏感でさぁ…俺も森さんに目をつけられたことがあるんだけど、真理ときたらほんとすごくて…」  真理、とは石塚の奥さんの名前だ。結婚式で祝って以来会っていない。そういや、結婚式で雅はタキシードとウェディングドレス、どっちを着るのだろう。  きれいな雅はきっとどっちでも似合うだろうな、とそんな妄想をしていたらと聞けよ!と石塚に肩を小突かれてしまった。こういうところは関田に似ている。 「聞いてる。のろけだろ…まったく」 「ちがうわ…あ、はーい!」  話の最中で石塚が遠くから誰かの声をかけられた。  「まぁどっちにしろ、気をつけろってことだよ」  石塚は借りていた椅子を元に戻し再び裕司の肩を叩くとほかの人同様立ち去って行った。  

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