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全部初めてで 2*

 だから雅はすぐそばにあった裕司の腕を噛んでやった。裕司はいて、と呟いたが雅の腕を離すことはなかった。だが、その代わりにファスナーを下げる速度が上がってしまう。 「やっ」  雅が逃げようと体を捻るも、そのせいで開かれたスカートがめくれてしまって中身を見られてしまった。  裕司が小声で何かを言う。すると裕司の拘束が緩くなり、雅は慌てて体を久の字に折って見られたすべてを隠すべく丸まった。もう意味はないかもしれないけど。その状態で涙目になりながら裕司を睨むと、裕司は先ほど強く雅の腕を掴んでベッドに縫い付けた。 「みやび」 「は、はい…」  その時見た裕司の顔は見たこともないほど獣じみていて、その異様な雰囲気に雅はびっくりして素直に返事をしてしまう。  裕司はそのまま雅を抱きしめゆっくり耳元でささやいた。 「シタい」  シャワーの水が床に叩きつけられる音がする。雅はリビングのローテーブルの前で両膝を立てて小さくなって座っていた。  先ほど言われた裕司の言葉に雅は返事同様素直に返事してしまい、しかし受け入れてしまった恥ずかしさから裕司を蹴り飛ばしてしまった。すぐに謝ったが裕司は気にした風もなく、風呂借りるなと言ってシャワーを浴びに部屋を出て行った。  それから雅は一人部屋で緊張で固まっている。  シタい、って言われた。この前抱きたいって言われてから一か月は経っている。  正直、もうなくなった話だと思っていた節がある。だっていくらデートしても裕司はちゃんと家に帰してくれるし、いつもキス止まりだった。やっぱり抱きたくなかったのかな、なんてちょっと不安になったりもした。でも裕司もそういう気持ちでいてくれていたことに雅はほっとした。あとは…雅ははだけられた服のまま鏡の前に立った。  この貧相な体のどこに欲情する要素があるのかということ。  雅は女性として生きていたために筋肉がないタイプの痩せ形で、ぱっと見てあまり抱き心地のいい体ではないことはよくわかる。旅行に行った時に一緒に風呂には入ったが特になにも言われることはなかった。まぁ、なにか言われても嫌だったが。  シャツと腰に引っかかっているだけのスカートを床に落とし下着だけの姿になる。  この状態を、裕司には見られたくない。男なのにこんな格好をしている自分を、知られたくない。  雅は男で、女ではない。それを裕司にこれからきちんと知られる。  まだ、怖い。裕司にやっぱり無理だって言われるのが怖い。  でももう後戻りはできない。どんな結果になっても雅は受け入れる覚悟ができていた。  だが下着姿を見られるのはやっぱり嫌で脱いでしまおうとブラのホックに手をかける。  その瞬間。 「雅、ごめんだけど下着貸して―」  裕司が風呂から出てきた。二人のタイミングの悪さは世界一かもしれない。  カチカチに固まった雅がゆっくり振り返り、ひきつった笑みで、み、見ちゃダメと言う。もう涙目どころか若干泣いていた。ぱっとその場にうずくまると、裕司が近寄ってくる足音がする。ぐっと肩を引っ張られ立たされると、裕司が裸であることに気づいた。着る服、ここにはないもんな…と違うことを考え裕司の”ソレ”を頭から叩き出した。  視線をうろうろさせていると、裕司がそっと雅のあごに指を添え上を向かせてくる。  目が、欲情していた。  そのことにほっと安心していると、裕司の唇が降ってきたため目を閉じた。 「ん…」  優しいキスの仕方に心地よさを感じる。目を開けると至近距離で目と目が合った。そっと腕を裕司の首に回し軽く唇合わせてキスをねだると裕司は今度は激しいキスをくれる。開いた口から舌が突き入れられ、舌と舌が絡み合う。くちゅくちゅといやらしい音が響く。  息が続かなくなって口を離すと、裕司が雅の腰を抱いてベッドに降ろしそのまま倒してきた。そして少し体を離し雅の全身を見ると、きれいだ、と言う。 「ほん、とに…?」 「嘘ついても意味ないだろ」 「そうだけど…」 「この白色の下着、似合ってる」  色まで言わなくてもいいのに。余計に恥ずかしく感じ、それから逃げるために雅は慌てて私もお風呂に入ってきます!と言った。しかし裕司はそれを許さなかった。雅の腕をベッドに縫い付け逃げられないようにする。 「だめ」 「だ、だめって…汚いし!」 「雅に汚いところなんてない」 「いいい、言ってくれるのは嬉しいけど、化粧落とさなきゃだから!裕司でしょ、素顔でしたいって言ったの!」 「…」  そう叫べば、裕司は一瞬体を動かして風呂に行くのを許可したように見えたが、じゃあ化粧だけ落としてきてねと非常な言葉を言う。 「化粧落としシートってあるんでしょ」 「なんで知って…」 「この間の旅行の時使ってたので知った」  ああ、ここまでか…。雅は最後の抵抗を諦め大人しく起き上がるとテーブルに置いてあるサブのメイクポーチを開いて化粧を落とした。その間背中に裕司の視線がずっと突き刺さり続けていた。  化粧を落とし下を向いたまま裕司の方を向けば、彼は雅のあごに指をかけそっと雅の顔を上げさせる。こうしてメイクしない顔を見せるのは二回目だ。  どう思われるんだろう、そればかり考えて怖くなる。裕司は絶対に悪く言わないってわかっているはずなのに。 「雅、だな」 「…雅、ですけど」 「僕は君が好きだ」 「っはい、私…お、俺も」  裕司は誰よりも雅を“宮子“じゃなく“雅“として見てくれる。だから雅も一人称を言い直した。  雅は自らベッドに上がると裕司に向かって手を広げ抱擁を要求する。裕司はそれに応じるようにゆっくり雅を抱きしめ、再度雅を押し倒した。

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