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家族 2

 雅は裕司から離れるとにこっと笑ってお手洗い借りるねと言って部屋を出て行った。勝手知ったる我が家、のような姿にそろそろ同居を始めようかな、と考えた時だった。テーブルの上に置かれた裕司の携帯が鳴った。画面を見れば、母、と書かれている。 「…」  雅の居ない空虚な部屋で鳴るコール。出るか悩んで、携帯を手に取り応答ボタンを押した。 「もしもし」 「もしもし裕司?今いい?」 「いいよ。でも出先だから手短にね」 「出先?なぁに、彼女のところにでもいるの?」  三十代になってから、なにかにつけてこうして茶化されることが増えた。これだから電話に出たくなかったんだ、と裕司は頭を抱える。 「違うよ。で、なに?電話してきた理由は?」 「そうそう。来週お父さんの還暦祝いがあるんだけど、それ、あんた忘れてないでしょうね」  忘れてた。そういえば今年で父が六十歳でお祝いがあるんだった。  すっかり忘れていた、と素直に言えば母がもう!と怒る声が聞こえる。 「あんたはいっつもそう!そんなだから彼女もできないのよ!だいたい―」  関係ないことを結び付けて怒鳴るのはどこの母親も同じなのだろうか。イライラした裕司は電話を耳から離し、はいはいごめんって、と適当に母をあしらう。 「裕司、トイレットペーパー…」  その時、偶然にもトイレから帰ってきた雅がリビングのドアから何かを言いながら顔を出した。それはかなり、タイミングが悪かった。そもそもデート中に電話に出てしまった裕司が悪いのだ。しかしそれを言っても後の祭り。電話口の母が一瞬静かになる。 「今の誰?!女の子?!」  そしてすぐに騒ぎ出す。 「ちが、」 「やぁだもうデート中だったの?だったらさっさとそう言いなさいよ!んもう!」 「いやだから違うって」 「あ、そうだ。彼女いるなら来週連れてきなさいよ。お父さんも喜ぶわ」 「勝手に話進めるなよ」 「あ。はーい!じゃあお母さんこれからお料理教室のお友達とでかけるから!じゃあね裕司!ちゃんと連れてくるのよ!」 「ちょっと!」  ぶちっと電話が切られる。部屋が静かになったのはいいことだが、問題が増えてしまった。一度その気になってしまった母は止められない。  はぁ、とため息をつくと、雅がすすすと寄ってきて裕司の隣に座った。 「なんか俺、やらかした…?」 「いや、雅は悪くないよ。悪いのはうちの母さんだ」 「お母さん?」 「そう、今のうちの母親…」  事の顛末を伝えれば、雅は結構強烈なお母さんなんだね、と言われた。 「そう、強烈で…」 「…?裕司?どうかした?」 顔を上げて雅を見れば、その眼には哀れみを含んでいる。その目にすがるように、裕司は雅の肩に手を置いた。そうだ、別に会わせたくないわけじゃない。むしろプロポーズまでしたんだ、会わせるべきじゃないか?  裕司の頭の中で考えが纏まっていく。そうして裕司が口に出したのが、 「家族に会ってほしい」  だった。  言われた雅はおっかなびっくりといった表情でえっ、と言う。 「か、家族?!」 「そう。いつかは話したいと思ってたんだ。今回母さんが勝手に話を進めちゃったけど、踏ん切りがついたよ。雅を僕の家族に紹介させてほしい」 「そんな急に…」 「プロポーズも受けてくれただろ」 「た、たしかに…」  雅は斜め上を向いて―いつもの癖だ―うぅんと悩んみ始める。  雅のいる暖かな部屋に呻く声が響く。春に近づいているというのに、まだ部屋は寒い。けれど雅がいる、それだけで暖かく感じた。  数分後、雅は決意したように頷く。 「いつか、会わなきゃなって思ってたし…うん、会います」  そしてそう、言ってくれる。裕司はその答えを聞くと雅にありがとうと言い抱きしめた。雅は先程同様ひゃっと声を上げた。

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