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家族 4
雅は驚いた表情をして手を好きにさせていた。と言うより驚きで固まっているようだった。
すると後ろからひょっこりと母が顔を出す。彼女も雅同様驚いた顔をして固まっていた。
「母さん、ただいま」
「おかえりなさい。あらあら…本当に連れてくるなんて思ってなかったわ…どうしましょ」
「お名前教えてください!」
「とりあえず上がってもらわなきゃ!紗奈、ほらそこ退きなさい」
「はぁい!さ、上がって上がって!」
「お、お邪魔します…」
相変わらず実家は騒々しい。ここだけ先に夏になったかのような熱気だ。
リビングに通されると、すでにそこにはケーキや寿司やらがテーブルに並べられていた。ソファーには新聞紙を広げた父が座っており、顔を上げ雅を見ると少し驚いた顔をする。その隣に座っていた弟の颯太が大声で誰?!と叫ぶ。この家の住人は誰一人として裕司が恋人を連れてくることを知らなかったようだ。呆れた顔をして後ろにいる母を見れば、だって…と言い淀む。
「声が女の人にも男の人にも聞こえたし、お父さんは早とちりはいけないって言うし…」
もじもじと手を動かす彼女は気まずそうに視線を逸らす。
雅はというと、妹と弟に挟まれ質問攻めをされていた。
「え、誰誰」
「おにぃの彼女だって!」
「まじ?兄ちゃんに彼女なんてできるんだ!」
「は、初めまして…」
「しゃべったー!」
紗奈と颯太が同時に叫ぶ。雅はどうすればいいのかわからないという表情をしてあわあわとしている。その様子に思わず吹き出すと、雅がこちらを見て助けてよと言わんばかりに名前を呼ばれた。
「紗奈、颯太、とりあえず離してやって」
「はぁい。あ、お名前は?」
「安倍雅です」
紗奈が雅ちゃん!と元気よく復唱する。呼ばれた雅ははい、とにっこり笑って返事をした。
「父さん母さん、というわけだから客間来て」
昔から無口な父さんは鷹揚に頷き、母さんは紗奈と颯太につまみ食いしちゃだめよと言った。
客間は日の入りが一番いい部屋なため、この時期は特に春らしさがある。この部屋には四角い大きなローテーブルがある。小さい頃に足を引っ掛けて転んだ思い出の品だ。
そこに父、裕司、雅で入り対面に座る。母さんはお茶の入った急須と湯呑みを四つ持って後から入ってきた。
若干の無言の後、裕司が咳払いをする。
「改めて。俺の恋人」
「初めまして、安倍雅といいます。あっ、これ、つまらないものですが…お口に合えばいいんですけど」
「あら、ご丁寧にどうも…ってこれ私の好きなお菓子屋さんの詰め合わせじゃない。裕司が教えてくれたの?」
「それは雅のセレクトだよ」
「あらまぁ。嬉しいわぁ」
にこにこと母が笑う。第一印象は良さそうだが…このやり取りの間父は無言なのが気がかりだ。
裕司はちらりと腕を組む父を見た後、もう一度咳払いをしてもうプロポーズは済ませたと言う。そこでようやく父の眉がぴくりと跳ねた。母はオーバー気味にええっとリアクションする。
「プロポーズって…付き合って何年になるの」
「今年で三年…去年プロポーズした」
「何も言わなかったじゃないあなた!そういう大事なことはちゃんと」
「結婚する前に言ってるだろ」
「まぁ、まぁそうですけど…」
母は深くため息をついて目元を押さえた後、はっとした顔をして裕司を見た。
「まさか、子供はできてないでしょうねっ?」
「できてないよ」
というかできないし。
子供の話になると雅は軽く視線を逸らした。その行動でかなり失礼なことを聞いたと気づいたのか、母はあ、ごめんなさいねと謝る。
するとそれまで黙っていた父が唐突に口を開いた。
「雅さんと言ったかね。失礼だが…そもそも君は男性ではないのかね」
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