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After Story 4
その日は雅にとって散々な日だった。朝は寝坊して遅刻するし、クレームの対応に追われるし、仕事では連続して小さなミスをした。
「はあぁ…」
話を聞いてもらおうと思ったのに、紗枝と休憩時間は被らず1人で食事をする羽目になった。今日のお昼ご飯は日替わりランチのトンカツ定食だ。ソースのかかったそれを食べていると少しだけ気分が和らぐのを感じる。
片手間に携帯を確認すれば、今日は珍しく秋也からのメッセージは一つも届いていなかった。ラッキー。そんなことを心の中で呟く。
秋也とは、大学時代一番続いた関係だった。つまりそう、恋人関係。秋也は雅が男だと告げても別れなかった唯一の人間で、セックス直前まで関係を持った相手でもあった。セックス直前と言ったのはそのままの意味で、いざ致そうとした瞬間秋也がやっぱり無理だと雅を拒絶したのだ。ヤらなくても続く関係もあるだろうが、雅と秋也にはそれではうまく続かず、結局破局してしまった。
その後聞くところによると、友達に男を抱けるとまるで英雄のように触れ回っていたらしい。確かに付き合っていた頃からどこかカッコつけで、すぐに奢ると言ったり高いブランドもののバッグやアクセサリーを送ってくる癖があった。どうやらそれを友達に自慢していたらしい。その話を聞いて以来、雅はその他の人間と交際関係になることを拒否し続けた。もう全てが嫌になったのだ。付き合って男とバレて罵られることも、付き合うことがまるで自分はすごいと仲間内に豪語されることも。
秋也とはその後大学では一切関わることはなかった。
なのに今になって関わろうとしてくるなんてどういう意図があるのだろう。
雅はそんなことを考え、まぁもうどうでもいいやと携帯を閉じる。
その後の仕事では特に何も起こらずスムーズに退社することができた。裕司と住んでいる今のアパートは雅の会社から電車で5駅ほど。この間秋也と遭遇したときは、雅が用事で会社に赴いていて途中合流だったのだ。それが運の尽きだと誰が予想できただろう。
今日は特に疲れたな、と駅に行こうとした時だった。
後ろから突然腕を引かれて雅はよろけた。
驚いて振り返れば、秋也がいる。彼ははぁはぁと息を荒げており、雅を見つけて慌てて捕まえにきたことが予想できた。
「な、なんでいるの?」
「お前が、全然俺と会おうとしないからだろ!何回連絡したと思っているんだ!」
「ちょ、うるさっ…静かにしてっ」
突然大声で話し出した秋也に雅は驚き小声で注意する。ここは駅だ、人がたくさんいる。不用意に注意を引くのが嫌で、雅は秋也の腕を掴むと駅の中にある喫茶店に入った。
店に入ったことで一旦は落ち着いたのか、秋也は小声でボソボソと何かを呟くだけになっていた。それはそれで不気味なのだが。
秋也を座らせ、自分も対面に座る。すると間もなく店員がやって来てメニューはお決まりですか?と聞いてきた。
「あ、えっと、じゃあホットコーヒー二つで」
「かしこまりました」
店員は綺麗にお辞儀をするとすぐに裏に引っ込んで行った。あまりの素早さに何かを察したのかもしれないな、と思う。
秋也は相変わらず何かを言い続けており、呪われてるんじゃないかと本気で思い始めた頃、コーヒーが来た。店員が去っていくと同時に秋也はコーヒーカップを掴むと熱さも気にせず一気に煽る。思わず、おお…と感嘆の声を上げれば、秋也がようやく雅の方を向いた。
「なんで会ってくれないんだ」
「いや、なんで元カ…あんまり関わりのなかった大学時代の同級生と会わなきゃいけないの」
「俺はお前の元カレだろ!」
あえて言わなかったのに、わざわざ言い直される。心の中で舌打ちし、自分も心を落ち着けるためにコーヒーを飲んだ。チェーン店とは思えない本格的なコーヒーで、美味しい。
「あのさ、私何回も言ったよね。いまは旦那がいるから会えないって。ちゃんとメッセージ読んでる?」
「読んでる、けど…」
「けどなに。それ以上でもそれ以下でもないでしょ。そもそもなんで会いたいとか言い出したの?」
「…………だったんだ」
また小声で何かを言う。その小声で言うのやめてくれない?と苛立ち紛れに言えば、突然立ち上がって本気で好きだったんだ!と言われた。周りがざわめき俺たちを見だす。俺も慌てて立ち上がり、すみません大声出して、と周りに謝った。秋也も自分のしたことに気づきはっとしてすぐに座る。
「は…?なに、今なんて?」
「俺、大学時代本気でお前のこと好きだったんだよ…だから、だからもし再開できたらもう一回付き合ってもらおうと思ってて…」
「………はぁぁ???」
ぽかん、と口が空いてしまうが、そんな行動を取ってしまった俺は悪くないよね?と雅は天井を仰ぎ見た。
「記憶してる限り、秋也は友達に自慢するために俺と付き合ってた、って感じだったんだけど?」
「それは…だって、好きなやつと付き合ってたら自慢したくなるだろ」
「夜のアレだって、拒否してきたくせに」
「好きなやつとの行為なんて、恥ずかしくてなかなかできないだろっ」
赤い顔をして視線を逸らす秋也に雅は、
「……あ、そう」
としか言うことができなかった。
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