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After Story 5
しばしの沈黙。カチャカチャと周りで食事を楽しむ音がする。
先に口を開いたのは雅だった。
「それじゃあ、うん、さようなら」
「ま、待てよ!なんで今の会話ではいさようならになるんだ」
「いや、誤解は解けたし…いいじゃんそれで」
「誤解が解けたなら付き合うだろ普通!」
「え、俺に浮気しろってこと?」
思わず一人称が欠けてしまうと、いやそういうことじゃないけど…と秋也はまたもごもごと言葉を濁す。雅は冷めてきたコーヒーを一気に飲み干しソーサーに軽く叩きつけ、伝票を持つ。会計云々で揉めることすら面倒だった。
「言っとくけど、俺、秋也のこと一切興味ないからね」
「一切って…」
「俺には素敵な旦那さんがいるから」
「そういうことだ」
ポンと肩を叩かれる。咄嗟に振り返れば、スーツを着た仕事終わりの裕司がいた。今度は雅が大声で彼の名前を呼んでしまう。
「雅には僕がいる。君はもう関わらないでくれ」
そう言って裕司は雅の手を取って席を立たせた。それからスッと雅の手から華麗に伝票を取ると会計をしてしまい雅は手持ち無沙汰になってしまう。
そしてそこから家に帰るまでの時間は地獄のようだった。どこから聞かれていたんだろう。もし全てを聞かれていて彼に懸想していたのか、なんて聞かれたらきっと泣いてしまう。
雅の涙腺は裕司に男だと告白した時からなにも変わっていなかった。今でもちょっとしたことで泣く。その度に昔祖母に「女の子はよく泣く方が可愛いのよ」と言われたことを思い出し嫌気がさすのだった。
家に帰るまでの我慢だと雅は必死に涙を堪える。
そうしてマンションに帰って裕司が鍵を刺し、家に入った瞬間、言い訳をしようとした雅の口を裕司は唇で塞いだ。
「ゆっ…ふ…」
「雅」
キスの合間合間に、何度も名前を呼ばれる。息ができない、苦しい、でも。
こんなに激しくキスをされるのが久々で、先ほどのことを忘れて嬉しく思ってしまう。
ようやくキスが終わったのは、雅が息絶え絶えになった頃だった。玄関先で雅がへたり込むと、裕司が膝をつき…雅を横抱きにした。
「ちょ、ちょっと、裕司?!」
お姫様抱っこなんてされたことない。驚いて雅が身動ぎをしたが、裕司のじっとしてろ、の言葉を皮切りにおとなしくする。今まで聞いたことない裕司の命令形にひたすら驚いていた。
そのまま裕司は二人で使っている寝室のドアを器用に開けると、雅をベッドに放り投げた。
「きゃっ」
こういう時、つい女の子のような声が出てしまう。最近は仕草も行動も男としておかしくないものに変わりつつあるが、ふとした瞬間過去の残影が顔を出すことがあった。
投げ出されたことに驚きつつ上半身を起こせば、裕司がネクタイを解くところが見えた。
「ゆ、裕司…?」
裕司は終始無言で、ネクタイを解き終えると雅にのしかかる。
「さっきの男。誰だ」
「…えっと」
「元カレ、とか言ってたな」
「どこから、聞いて…」
「全部だ」
ああ、終わった。
雅はがくりと首を垂れる。あのクソみたいな会話を最初から最後まで聞いていたなんて。…もしかしたら裕司は雅と秋也がこっそり逢引きしていた、なんて誤解をしているのかもしれない。その誤解だけは解かないと、と雅は口を開いた。しかしその唇はまたキスで塞がれてしまう。
「ゆう、じっ…」
なにも言わない裕司は、雅に数度キスを施した後、両手を片手でひとまとめにした。なにされるんだ、と雅が怯えていると裕司はさっき解いたネクタイで雅の手を縛り上げた。その過激な行動に雅は驚き声をあげる。
「裕司?!」
先ほどから裕司の名前ばかり呼んでいる気がする。
「雅は、さっきの男とヨリを戻すつもりなのか
」
「な、なんでそんな話になるの。全部聞いてたならわかってるでしょ!」
「わかってる、でも」
裕司が雅の耳元に口を寄せる。
ー我慢ならない。
そう、裕司が一言告げる。
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