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第11話
次の日、ぼくは大学を休んだ。遠くでできている台風のせいか、薬を飲んでも頭痛が治まらなかったからだ。朝から二度ほど吐いた。なにもする気が起きない。
チェストからジャージを出す気にもなれず、ぼくはシャワーを浴びたあと、七部袖のシャツと下着だけという格好でベッドに横たわっていた。
市販品の胃薬と頭痛薬の飲み合わせが悪かったのかとも考えたが、少し息苦しい気がするのも考慮に入れると、気圧が下がっているからだろうと自己完結する。この程度で病院に行っていたら、医療控除の書類から両親にばれ、実家から通うかどうにかしろと言われかねない。
父が指定した大学には行かず、自分が行きたい大学に行く変わりに自分のことは自分でする、仕送りも一切してくれるなと啖呵を切って家を出た手前、それは嫌だった。
ほんの少し寝て、頭痛が治まっていたら焼肉でも食べに行こうと思っていたが、目が覚めたらもうあたりは暗くなっていた。最近の睡眠不足も祟っていたのかもしれない。
外に出るのは面倒くさいし、この際だからもう寝よう。ぼくは玄関の鍵を確認しに行った。
ドアの向こうで、誰かが話している声が聞こえる。そういえば、隣の空き部屋に誰かが越してくるのだと大家が言っていたのを思い出した。
まあいいかとひとりごちて、やはり開きっぱなしになっていたドアの鍵に手を伸ばしたときだった。勢いよくドアが開かれた。暗闇の向こうに誰かがいる。驚いたぼくの口を誰かが塞いだ。
しまったと思ったときにはもう遅く、そのままぼくの体は床に叩きつけられていた。誰かが笑いながらドアを閉め、鍵を掛ける。行島の手下か? ぼくは周りの男を睨んだ。おそらく一番背が高いのが行島だろう。そのほかに二人いる。行島はやっぱりぼくが嫌いな、手下がいなければなにもできない男のようだ。
「へえ、麻野のヤツ、ずいぶんいい趣味してんじゃん」
行島が言って、笑いながらぼくの足を撫でる。ぼくは下着一枚になっていたことを後悔した。
抵抗しようとしたが、うつぶせにされたぼくの体を、二人の男がそれぞれ押さえ込んでいるため、身動きひとつ取れない。ただうめくだけのぼくの頭上で別の声が笑った。
「有川くんだっけ? 麻野と付き合ったのが運の尽きだったね。かわいそうに」
「行島、ビデオの用意できたぜ」
また別の声が言う。ぼくを背中から押さえつけているのが行島を睨むと、行島はニヤニヤ笑いながら、部屋の電気をつけるよう命じた。視界が明るくなり、ぼくは眩しさに目をつぶった。
「男にしては綺麗な足してるな。麻野がご執心ってことは、後ろの具合もいいんだろうな」
ぼくは舌打ちをして、行島を睨んだ。
「下衆が」
「はは、褒め言葉だね」
「ぼくに手を出したところで、麻野になんの復讐ができる? レイプされている動画を見せたら麻野が泣いて謝るとでも? 馬鹿も休み休み言え」
行島がぼくの後ろ髪を鷲掴みにし、そのまま顔を床に押し付けた。頬骨が床に叩きつけられ、みしりと音を立てたような気がした。
「謝って欲しいわけじゃないよ」
「じゃあ気を引きたいだけか? ガキより性質が悪い」
「おまえ、状況を見て物を言えよ。行島を馬鹿にするつもりなら痛い目に合わせるだけじゃすまさねえぞ」
「三流役者のセリフそのものだな。ぼくが演出家なら絶対に使わない」
ぼくの脇腹に鋭い痛みが走った。息が詰まりそうになって、ぼくは思わず咳き込んだ。同時に行島がまた、ぼくの顔を床に叩きつけた。ぬるりとぬめった感触がする。ずきずきと痛み始め、ぼくは行島の手から逃れようともがいたが、その手が緩められることはなかった。
「有川くん、なにか勘違いしていないか? 俺が麻野への復讐のためにレイプする? 俺はそこまで矮小じゃない」
「へえ、三人がかりで掛かってくるから、てっきりそうだと思っていた」
別の男が、またぼくの脇腹に蹴りを入れる。鋭い痛みにむせ返るような咳をすると、行島は笑って「まあ、抑えろよ」とその男を諌めた。
「成瀬と麻野に吠え面かかせてやるのに丁度いいとは思ったんだ。でもいまは個人的な興味ってところか。成瀬と麻野が守ろうとする有川くんっていうのは、どんなヤツなんだろうってね」
「どちらにせよ、動機はぼくが二人と知り合いだからだろう。仲間の前だから格好つけているだけか、合理化か」
行島がぼくの顔を掴み、口の中に指を滑り込ませた。苦い味が口の中に広がり、ぼくがそれを吐き捨てようとすると、口を塞がれ、ぐっと上を向かされた。薬品の味だ。固形の感触はない。液体化させたなにからしい。ごくりと喉を動かすと、行島は笑いながらぼくの口から手を離した。
「いいから、楽しめよ、有川くん。ゲイなんだから痛くも痒くもないだろ? 麻野以外の男を知れてラッキーだと思えばいい」
言いながら行島がぼくの下着に手を掛ける。蹴り飛ばしてやろうともがいたが、行島はぼくの足が動かせない箇所を押さえ込みしっかりと固定していて、動かなかった。
「ははは、その抵抗は俺を楽しませるだけだぞ」
ぼくの下着をずらし、行島が笑う。汗ばんだ手がぼくの臀部に触れる。ぞくりと寒気が走った。ぬるりとした感触が尻を伝い、ぼくの秘部に指が入り込んできた。
「っ!」
引きつった声が上がる。デジカメを持っている男が、笑いながらぼくに手を伸ばし、髪を掴んだ。
「ほら、きちんとカメラ見ろよ。麻野に助けてって言ってみろよ」
狐目の男がぼくの口元に固いものをあてがった。男の昂ぶりだ。噛み付いてやろうかと思ったとき、デジカメ男が声をかけた。
「やめとけ、噛みつかれるぞ。どうせもうじき効いてくる、それまで待てよ」
「嫌がるのにやってやるのが楽しいんだろうが。俺、こいつ嫌いなんだよな。麻野に取り入って守ってもらおうとしているのが腹立つ」
「はは、言えてる」
デジカメ男が笑って、ぼくの髪を引っ張り無理やり顔をあげる。狐目の男がベルトを寛げ、下着から自身を取り出して、ぼくの口元に押し付けた。
「口開けろよ、有川。麻野のだと思ってやってやれよ」
ひゃはっと笑って、デジカメ男がぼくから離れていく。狐目の男がぼくの髪を掴み、いい位置に固定すると、きつく結んだ唇に先端をあて、ゆるゆると自身をこすり始めた。
「別にいいけど、このままでも」
「うわっ、変態がここにもいる。そんなに有川の口がいいの?」
「結構やわらかいし、いいかも。しゃぶらなきゃ顔にかけるだけだしな」
狐目の男が冷たい声で言う。それを聞いて、デジカメ男が笑った。
「マジ鬼畜だよ、こいつ。有川、言うこと聞いたほうがいいんじゃね? 瀬尾さんを麻野にとられた腹癒せに、有川寝取ってやろうっていいだしたの、こいつなんだぜ。なにされるか判らねえぞ」
またデジカメ男がひゃはっと笑う。揃いも揃ってただの馬鹿だなと思い嗤笑したとき、ぼくの中に潜り込んでいた行島の指が動き、ぬめったものが垂らされた。おそらくローションかなにかだろう。ずいぶん用意周到だ。デジカメ男が言っていることは強ち間違っていないかもしれない。ぼくが体を震わせると、狐目の男が「思う存分乱れろよ」と笑った。
さっきのは媚薬の類だろう。息が上がり、後ろがうずいてくる。行島はぼくの変化に気付いたように、指の動きを激しくしてきた。
「さて、そろそろかな」
まだほとんどほぐれていないというのに、後ろでベルトが寛げられる音がする。こんな状態で入れられるなんて冗談じゃない。抵抗のために体を動かすが、行島はぼくよりもさらに強い力で体を押し付けてきた。
「ほら、じっくり味わえ」
行島のものが押し入ってくる。ぼくは思わずあがりそうになった声を噛み殺した。痺れたような感覚が下半身を纏う。はじめは焼け付くような痛みしかなかったが、それは妙な熱へと変わっていった。
気持ちが悪い。むずがゆい感覚を振り払うために体を動かすと行島が笑った。
「どうした、よくなってきたか?」
「っ、っ」
ぐっぐっと行島がぼくの中に押し進んでくる。気持ちがいいわけがない。麻野とのセックスが気持ちいいのは、ぼくが麻野のことが好きだからだ。なんの気持ちも持たない男とのそれは、ただの苦痛でしかない。揺さぶられるたびに上がりそうになる呻き声を押し殺すことに徹した。
早く終われ。早くイッて消えてくれ。
それからかなりの間行島から揺さぶられ、苦痛にも似た感覚だけがぼくを支配していた。ぼくの顔は狐目の男の先走りで濡れ、後ろは行島に甚振られ、ただの汚らわしい行為に吐き気がしてくる。早く行って欲しくて後ろを締め付けると、どのくらいかして行島がうなり声を上げた。ぼくのなかに、熱い、汚らわしいものが広がる。くそっと短く吐き捨てると、狐目の男が笑いながら、行島に声を掛けた。
「おい、ひっくり返すぞ」
その声に行島はずるりとものを抜き去り、笑った。
「なかなかいい具合だったよ、有川くん。中村、河合、お前らもやってやれ」
行島が狐目の男と位置を変わる。重だるい足を無理やり開かされ、ぼくはぐっと奥歯を噛み締めた。赤い光が少しずつ移動する。ぼくが狐目の男に向かって足を開いているのがビデオに納められているんだろう。狐目の男はぼくの腰を少し浮かし、いきなり突っ込んできた。
「っ!」
「おいおい、ちょっとくらい声出せよ」
狐目の男がぼくの体をぐんっと突く。ぼくが声を出さないようにしているのに気付いたのか、行島が頭上で笑って、ぼくの口に指を突っ込んできた。
「ほら、楽しませてくれよ、有川くん」
もはや指に噛み付く元気もない。吐き気に加え、頭痛がしてきた。目の前がぐるぐる回る。短く息を吐くぼくの口元に、行島自身が触れた。
「しゃぶってよ。麻野にはしてやったんだろ?」
言って、半開きのぼくの口にむりやり押し込もうとする。
「ほら、麻野を呼べよ。そのほうが臨場感あっていいだろうが」
狐目のがぼくを揺さぶる。もはやそれどころじゃない。ぼくは息が詰まりそうになるのを感じながら、げほげほとむせ返るように咳をした。ずきんと脇腹が痛む。息苦しさに大きく口を開くと、行島が下卑た笑い声を上げて、ぼくの口の中に行島自身を押し込んできた。
ただでさえ息苦しいというのに、こんなことをされたら堪らない。ぼくが行島を押しのけようとすると、誰かがぼくの手を取った。狐目の男だ。
「だから、麻野を呼べよ。助けてって呼んでみろよ、ほら!」
ぐんっと中を突かれ、引きつった声が上がる。けれど行島のものが、ぼくの声が漏れるのを防いだ。
「おい、行島、抜けよ」
「なんだよ、自分はさっき有川くんの顔でオナってたのに俺はダメなのかよ」
「いいから抜け」
狐目の男の言葉に、行島はなにを思ったか、ぼくの口から自身を引き抜いて退いた。ぼくのシャツで自身を拭い、衣服を整える。行島の動きを目で追っていたら、ぼくの頬に鋭い痛みが走った。狐目の男がぼくを殴ったのだ。頬がひりひりする。唇が切れたのだと判ったが、狐目の男に両手を塞がれているため、拭うこともできない。狐目の男は笑いながらぼくを何度か突き上げると、急にぼくから自身を抜き去った。なにをしようとしているのか、検討もつかない。そのままぼくを無理やりうつ伏せにし、またぼくのなかに自身を埋める。ぐっぐっと数回動かし、「十分だ」と呟くと、狐目の男はぼくの中に自身を埋めたまま立ち上がった。突如襲ってきた圧迫感に、鼻に抜けたような声が上がりそうになる。身長差のせいで、ぼくの体を支えているのは、狐目の男の自身と、体だけだった。
「あはは、いい格好じゃん」
行島が笑う。狐目の男はそのまま数回腰を振り、ぼくを刺激する。行島に顔を見られないように顔を背けたとき、ぼくの腹に鋭い痛みが走った。ひゅうっと気管が音を立てる。
「麻野を呼ぶ気になった?」
ぼくの前髪を掴み、顔を上げさせながら行島が言う。げほげほと咽るぼくを嘲笑うように、行島がぼく自身を掴んだ。
「あれ? 勃ってないね。ゲイって突っ込まれたら勃起するものだと思ってたな」
行島の言葉に、狐目の男も笑う。ぼくがくそっと小声でぼやくと、行島がまたぼくの腹を殴ってきた。
「こいつ、麻野を呼びながらイッちゃう有川くんが見たいんだって。AVでよくあるだろ、そういうの。どうせまだ解放してやるつもりないし、意地張ってないで呼べよ。そうすりゃ優しくしてやらないこともない」
息をするたびに脇腹が痛む。息を荒らげるだけのぼくを見て、行島はがしがしと頭を掻いた。
「呼べない? こんなところを見られたくないって? 今更だろ。麻野だって舞台で女優とキスしたり、間接的とはいえエッチの真似ごとをしてるんだから、君がここで楽しめば、これはレイプでもなんでもなく、ただの遊びで片付けられるんだ」
「っ、ふざけんな。暴行されて、遊びで済ませる馬鹿がどこにいる」
「有川くんってそういう馬鹿だと思ってた。麻野を守るためならなんだってしそうじゃない」
行島はそう言って肩を竦めると、なにも言わないぼくの答えに気付いたようで、ふうんと意味ありげに呟いて、中村を呼んだ。
「もういいよ、そのまま犯しちゃえよ。呼ぶ気なさそうじゃん、こいつ。ほら、おまえもちゃんとビデオとっとけよ」
デジカメ男に鋭く言って、行島はつまらなさそうな顔でベッドに腰を下ろした。中村はぼくの後ろで短く笑い、ぼくの足をデジカメ男に向かって開かせた。
「きちんと撮れよ、こいつのいやらしいところ」
言って、中村が腰を振り始める。揺さぶられるだけで、気持ちよくもなんともない。続けざまに訪れる衝撃に息ができず、ぼくは中村の腕に爪を立てがりがりと掻き毟った。
「くそっ!」
突然中村が吐き捨て、ぼくから自身を抜き去ると、ぼくの体を床に叩きつけた。
「おい、やめろよ!」
デジカメ男が叫ぶ。げほげほと咳き込んでいたとき、またぼくの腹に激痛が走った。そこでぼくの意識は途絶えた。
――気がついたら、ぼくは行島たちに犯されたのとおなじ場所にいた。体が痛む。ぼくは嘔吐しそうになるのを押さえ、ずるずると体を引きずり、シンクまでたどり着いた。
ほとんどなにも食べていないからだろう、胃液しか出ない。ぼくは息の根が整わないまま床に崩れ落ちた。ああ、最悪だ。もしこんなところを麻野に見られたら、逆上どころでは済まないだろう。ぼくは口元を伝う唾液を腕で拭い、体を引きずってバスルームに向かった。
夥しいほどの精液が落ちてくる。事後処理なんて面倒くさいが、やらなければ痛い目を見るのは自分だ。ぼくは恐る恐る指を突っ込み、男たちに吐き出された精液を掻き出した。
シャワーを浴び、男たちのにおいが落ちたのを確認し、ぼくはだるい体を叱咤しながらベッドに向かった。ベッドに倒れこむとずきんと腰が痛んだ。麻野とだって床でしたことがない。むしろ麻野はぼくの体を気遣って乱暴なことはしない。
「麻野」
行島たちに何度命じられても噛み殺していたというのに、ぼくの口は勝手に麻野を呼んでいた。
「麻野、麻野っ」
自分の声が涙声に変わるのがわかった。自分ではなにもできないのが悔しかった。成瀬に言われたとおりだ。ぼく一人では太刀打ちできない。それをわかった上で行島たちはやってきた。ぼくは肩を抱いて、涙が止まるのを待った。
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