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第17話
それから二日ほど経った。九月も中旬だというのに、この数日は夜になると気温が下がる日が続いていた。
ぼくは風邪をひかないようにブランケットを羽織り、ドアに鍵をかけたかを確認しに行く。ドアチェーンも、鍵もきちんと掛かっている。ぼくはよしと呟いて、ベッドに向かおうとした。ドアが叩かれる音がした。更に続けて二回叩かれる。ぼくは不審に思って、のぞき穴から外を確認した。麻野だった。
ドアを開けると、麻野は少しホッとしたような顔をした。外は寒いというのに、薄手のニットを纏っているだけだ。このままドアを閉めてやろうかとも思ったが、ぼくは素直に麻野を部屋に入れてやった。
「どうした?」
麻野にコーヒーを淹れながら。麻野はなにも言わず、ぼくに後ろから抱き着いてきた。冷たい手が肌に触れる。麻野はぼくを抱きしめたまま、離さない。
「コーヒーが冷めるぞ」
そう言ってみても、麻野に変化はない。ぼくは溜息を吐いて、「話してみろ」と促した。麻野の息が耳に掛かる。くすぐったさに体を竦めると、ぼくを抱きしめる麻野の腕に力が加わった。
「謝りに来た」
麻野が言った。
「行島たちを殴って気が済んだか?」
ぼくは首を横に振った。
「あれはぼくのけじめだ。殴るぐらいで気が済むか」
「俺はそのけじめをつけたいっておまえの気持ちを汲めなかった。だから、謝りに来た」
「そうか」
「それに、集の気持ちをきちんと考えずに先走った。ごめんな」
麻野が言って、ぼくの頭をそっと撫でる。ぼくは「もういい」と短く言って、麻野の腕に手を掛けた。
「ぼくの言いたいことはわかったのか?」
「ああ。もうおまえを姫扱いしない」
「ほかには?」
ぼくは麻野の腕の中で向きを変え、麻野の顔を見る。
「全部、白状する」
「上出来」
ぼくは麻野の唇にキスをした。
*****
「白状とはなんだ?」
ぼくはベッドに仰向けになった麻野の腹の上で尋ねた。麻野はぼくの腰を、もう片方の手で唇を撫でる。
「俺と別れたいって言った理由がふたつあるだろう。ひとつは行島たちのこと。もうひとつは、俺がおまえに誰かの影を重ねているということ」
麻野の言葉に、ぼくはふんと鼻で笑った。
「それで?」
「確かに、おまえとしながら別の相手のことを考えていたことがある。それは認める」
「へえ。器用だな。いまもそいつのことを考えてぼくを抱こうとしているのか?」
悪いやつだなと揶揄すると、麻野はふんと鼻で笑って、またぼくの腰を撫でた。
「ないな。目の前におまえがいるのに、わざわざほかの相手のことを考えるなんて野暮だ」
「でもそれを、いままではしていたんだろ? おまえが言ったんだぞ」
「俺に男の抱き方を教えたのは、雪弥なんだ」
「雪弥さんが?」
「雪弥以外で抱いた男は、おまえが初めてだった。だから雪弥が感じる場所をおまえにも試したんだ。尤も、おまえの反応は雪弥以上だったけどな」
言って、麻野がぼくの服をたくし上げ、指で胸を弾いた。ぼくの肩が跳ねる。麻野は喉の奥で笑って、ぼくのベルトを寛げ始めた。
「麻野。当たってる」
ぼくはわざと麻野の股間に手を当てた。麻野はそれに構わずぼくのジーンズを脱がそうとする。ぼくは軽く腰を浮かせて、それに応じた。
「べつに雪弥が抱きたくて、おまえに雪弥を重ねたわけじゃない。腹違いとはいえ、実の兄貴のイキ顔を思い出して興奮するほどブラコンじゃないぞ、俺は」
「へえ。雪弥さんにはなにされても怒らないみたいだから、そうなんだと思ってた」
麻野は「ふざけんな」と笑いながら言って、またぼくの唇を撫でた。
「勘違いしているようだから教えてやるよ、集。確かに俺は雪弥の相手をしていた。いろんな女とも付き合った。だけど、一晩中抱いていたいって思ったのは、お前が初めてなんだ」
「なんの自慢だよ」
言いながらぼくは麻野自身を撫でる。片手でベルトを寛げていると、麻野が「器用だな」と揶揄してきた。
「ぼくはおまえと違って手先が器用なんだ」
「生憎、俺は舌のほうが器用なんだよ」
「用途が限られているな。それを知っている人間にしか自慢できないぞ」
「いいんだよ」
麻野がぼくの腰を撫でながら続けた。
「集がそれで感じて、ぐちゃぐちゃに乱れるからな」
ぼくの体をベッドに倒し、麻野がキスをしてくる。少しかさついた唇が触れ、ぬるりと舌が割り込んできた。麻野のキスは濃厚だ。長引けば長引くほど理性を奪われる。疲れるからとほとんどさせなかったが、ぼくは麻野に身を任せた。
麻野の舌がぼくのなかで這い回る。ぼくが一番弱い部分をしつこく攻めてきて、鼻にかかった声が上がる。息苦しさに麻野の服を掴んだが、麻野はおかまいなしにぼくの舌の輪郭を器用になぞり、歯を立てたあと、一旦離れていった。ぷはっと大きく息を吸うと、麻野が笑う声がした。
「なんだよ、もう限界か?」
「し、しつこいんだよ。ぼくとの体格差を考えろ」
言いながら麻野の腰に膝を打ち付ける。麻野はぼくの前髪をさらりと梳いて、口元をゆがめた。
「おまえがチビだっていうことを失念していた」
「ぬかせ、そっちがでかすぎるんだ」
「強ち間違ってもいないけどな」
麻野はぼくのシャツを胸元までたくし上げ、胸に指を触れた。ぼくを見ながらそこに顔を近づけ、胸に歯を立てる。左手はぼくの下着の中に進入し、後ろに触れた。ぼくの体が大げさに跳ねた。この期に及んでまだ引き摺っているのかと自分を揶揄し、麻野に続けるよう促す。これは麻野だ。行島にはきちんと制裁を加え、けじめをつけたはずだ。
「大丈夫か?」
「いいから集中させろ」
これは麻野だ。麻野の指を感じろ。ぼくは自分に言い聞かせた。
麻野はなにを思ったのか、ぼくに侵入してこなかった。ただ後ろを指で撫でるだけだ。胸には舌が這いまわっている。自分で器用だと豪語しただけあって、かなり器用にぼくの胸を刺激していく。的確な刺激はぼくの脳裏から忌々しい記憶を拭い去るのに十分すぎるほどだった。
「はは、もうこんなにしてるのか」
麻野がぼく自身に触れる。下着ごしに分かるほど張り詰めていることに、ぼくは言われて初めて気付き、顔が赤くなるのが分かった。
「う、うるさい。久しぶりなんだ。おまえだって人のことは言えないだろうが」
言って、麻野自身を掴んでやると、麻野は「ずいぶん大胆だな」と笑う。凶器のようにずっしりしたものがぼくの手の中にある。ジーンズ越しだというのにこの大きさかと冷静に思っていると、麻野がぼくの胸に噛み付いた。
「あっ!」
油断した。慌てて口を塞ぐと、麻野はふんと勝ち誇ったように笑い、右手でぼくの腕を掴んだ。
「ちゃんと声聞かせろよ。いっつも押し殺しやがって」
麻野がまたぼくの胸を刺激し始める。誰が聞かせるかと唇を結ぶと、麻野はそれを見て「野郎」と呟いた。麻野の指がぼくの後ろを撫で、くるくると指先で刺激する。同時に麻野の舌はぼくの胸をしつこいくらいに突っつき、尖端を舌先でせせる。ぼくは弱い部分を同時に攻められるが、せめてもの抵抗とばかりに声を抑えた。
けれどぼくは、麻野のことを侮っていた。本気になった麻野の執念深さはぼく以上だと忘れていたのだ。麻野はぼくの胸と後ろをしつこく攻めてくる。ぼくの胸を甘噛みしたまま舌でせせり、後ろを撫でたり入り口に指を埋めたりする動きに、ぼくはごくりとつばを飲み込んだ。一番気持ちのいい部分を敢えて避け、その周辺ばかりを触れられるせいで、ぼくは陥落寸前だった。
「聞かせる気になったか?」
麻野はぼくに言いながら、ゆっくりと指を進入させてくる。ぼくが引きつった声が上がりそうになるのを堪えると、麻野はにやりと笑ってそれを引き抜き、またその縁を撫で始めた。ぼくはいい加減焦れてきて、麻野の脇腹に蹴りを入れた。
「しつこいんだよっ、じれったいとこばっかり攻めやがって!」
「おまえが潔く声を聞かせたらやめてやるよ」
ぼくはイラッとして、また麻野の脇腹を蹴った。
「いてっ、足癖悪いんだよおまえ」
麻野が舌打ちして、ぼくの体を無理やりうつぶせにした。そしてぼくの足の上に乗ると、胸元に手を滑り込ませた。少し伸びた爪でぼくの胸を引っかく。ぼくがうめき声を上げると、麻野はぼくの背後で笑い、ぼくの下着をずりおろして後ろに指を埋め込みゆっくりと回す。ぼくは足をばたつかせたが麻野の重みでびくともしない。くそっと吐き捨て、シーツを握り締めた。
「降参か?」
胸と後ろを同時に攻めながら、麻野。ぼくはムカついて麻野の腕を抓った。
「なんだよ、手癖まで悪いのか?」
麻野が言ったとき、ぼくは自分がしたことを後悔した。ぼくはいまほぼ無防備だ。麻野はぼくの胸の下から手を抜き、体を少し後ろにずらした。状況がわからないだけに刺激が強いのではないか。そう思った矢先、麻野がぼくのうなじに噛み付いた。
「んんっ」
びくんと肩が跳ねた。麻野はぼくの後ろで笑って、少しずつ場所を変え、噛み付いてくる。うなじに噛み付かれ、後ろを指で詰られ、ぼくはもう限界だった。けれど自分から声を出すまいと抵抗していたら、麻野がぼくの下着から手を抜いた。麻野が体をずらすと、ぼくの臀部に固いものが当たった。麻野自身だ。かなりガチガチになっている。ぼくはごくりとつばを飲んだ。
「麻野っ、じらすな」
たくましい腕を叩きながら、ぼく。麻野はまたぼくのうなじに噛み付いて、耳元に顔を移動させた。
「じゃあ、きちんと言えよ」
「っ、くそ。覚えてろ、終わったらぐずぐずに詰って……うあっ!」
麻野を睨みながら言っていたら、突然胸をつねられて、ぼくは思わず声を上げた。麻野が笑う。ぼくはもう一度麻野の腕を叩いた。
「早く」
麻野が腰を動かす。ガチガチに硬くなったものが早く欲しい。けれど麻野に白旗を上げるのが悔しくて、自分の手の甲に爪を立てた。少しの間ぼくを焦らして遊んでいたが、麻野はぼくの真意に気付いたらしい。舌打ちをして上半身を起こした。
「なにやってんだ、血が出たぞ」
「っ、おまえのせいだ」
「こんなときにまで負けず嫌いを発動してどうする。最初のかわいらしさはどこにいったんだよ」
「うるさいっ、おまえこそ御託ばっかり並べてないで、ぼくが喘ぐような愛撫をしてみせろよ」
「‥‥言いやがったな」
「ああ、言ってやった」
ここまで言えば麻野も遠慮なくやるだろう。そう思ったが、それは誤算だったらしい。麻野はあははと笑って、ぼくを解放した。
「な、なんで笑うんだ!」
「いや、相変わらず強気な発言が聞けてホッとしたんだ」
「もしかして、ぼくが麻野とのセックスを怖がっているんじゃないかと思って、性急にことを進めなかったのか?」
麻野はふっと笑って、ぼくの頭を撫でた。
「怖がらせたくなかったんだよ。おまえのあんな顔はもう見たくないしな」
「馬鹿」
ぼくはぼそりと吐き捨てて、麻野に寄りかかった。
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