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第24話

「有川、もう限界だ。なにがあったのかを説明してくれ」  学食でミルクティーを啜るぼくに、成瀬が焦れたような口調で言った。  ぼくはあの後、麻野に八つ当たりをして麻野の家を後にした。メールも電話もすべて無視して、学食で会っても一切顔を見ずに過ごし、今に至る。もう一週間だ。成瀬が限界だというのはぼくと麻野の関係に焦れているからだろう。ぼくはじろりと成瀬を睨んだが、最早反論する気にも、説明する気にもなれなかった。 「放っておいてくれ」  テーブルに突っ伏しながら、ぼく。成瀬がうろたえるのがわかったが、ぼくの頭はもうこれ以上の策を講じられない。あーっと唸り声を上げながら足をばたばたさせていたら、成瀬が麻野を呼んだ。 「佐和くん、なんとかしてくれよ。俺もう頭がおかしくなりそう」  鼻声で成瀬が訴える。ぼくは麻野が近くにいることを知り、顔を伏せた。  麻野はなにも言わない。溜息をついたのが解ったが、そのあとはどこかへ行ってしまったらしい。成瀬が「佐和くん、置いていかないで!」と嘆いた。 「なんなんだよ、もう!」  成瀬がばんとテーブルを叩く。ぼくはうるさいと成瀬を睨み、またテーブルに突っ伏した。 「ただのケンカじゃなさそうだけど、なにがあったんだよ? ここまで二人が口をきかないなんて、初めて見た」  成瀬は相当困っているようだ。ぼくの体を揺すりながら、まるで親にごねる子供のようにねえねえとせがんでくる。ぼくは成瀬の膝頭を膝で蹴り、顔を上げた。 「ぼくが聞きたい」 「え? 有川が原因じゃないの?」 「‥‥いや、ぼくだ」 「どっちなんだよ!」  ぼくは溜息をついて、体を起こした。 「ケンカじゃない。でも、しばらく麻野に会いたくない」 「有川はわがままなんだよ。佐和くんはいつも振り回されて、可哀想だ」  「佐和くんがハゲたら有川のせいだぞ」と、大げさに成瀬が言う。ぼくはなんだか面倒くさくなってきて、まだ半分以上残っていたミルクティーを飲み干した。 「帰る」 「逃げるな」  成瀬がぼくの腕を掴む。ぼくは「離せ」と腕を振り払おうとしたが、成瀬は離す気配などなく、真剣な面持ちでぼくを上目遣いに見てきた。 「いいか、有川。有川にとっておきの情報を与える。だから佐和くんと仲直りしろ。今すぐ」 「また情報屋絡みか?」  ぼくがうんざりしたように言うと、成瀬は「黙って聞け」とぼくの腕を引き、ぼくの隣の席へと移動してきた。 「聞いて驚け。佐和くんは麻野家の養子だ」 「‥‥は?」 「嘘だと思うなら確かめてみたらいい」  言いながら、成瀬がぼくのほうにずいっと顔を寄せてくる。成瀬特有のシトラスの香りがした。 「麻野がこっちに越してきたのは、3年ほど前だろ? その間に親が再婚していた可能性だってあるわけじゃないか。ばかばかしい」  ぼくがそう突っ込むと、成瀬は「そこなんだよ」と言って、人差し指を立てた。 「佐和くんのお母さんはずっと総合病院の看護師さんをやっていて、佐和くんのお父さんと結婚したときに新婚旅行で2週間病院を休んだだけで、あとはぜんぜん仕事を休んでない。それなのに、いつ佐和くんを産んだんだ?」 「‥‥どこ情報なんだよ?」 「俺の母さん情報」  そう言われて、ぼくは成瀬の母親も総合病院の看護師をやっていることを思い出した。 「母さん、佐和くんのお母さんと仲がいいんだよ。だから世間話に見立てて聞き出した。デキ婚でもなんでもないのに、結婚18年目で今年19歳になる子供がいるなんて、おかしくない?」 「それで、整合性の確認に勤しんでいる‥‥というわけか。ばかばかしい、眉唾だろ、そんなもの」  ぼくがそう吐き捨てると、成瀬は「いいや」と言って、ぼくの肩を掴んだ。 「佐和くんは養子だ。だから有川を欲している。有川も同じだ。佐和くんの気持ちが解るから、離れられない。ちゃんと仲直りしろ」 「言っている意味が解らない」  ぼくは成瀬の手を振り払った。 「そもそも、父親の連れ子だった可能性もあるだろうが。なにが養子だ、馬鹿も休み休み言え」  そう一蹴すると、成瀬はぽんと手を打って、「その可能性もあるのか」と呟いた。  アホくさい。その情報屋とやらはなにを根拠にそんなでたらめなことを言っているんだろう。下らない商売をしているようなやつには関わりたくない。 「成瀬、その情報屋とは縁を切ったほうがいいんじゃないのか? どうせ麻野を恨んでいるヤツが流したガセネタだ」  成瀬がうーんと少し考えるような仕草を見せて、顎に手を当てる。 「たぶん、それはないな」 「なぜ言い切れる?」  怪訝そうに言ったぼくを見て、成瀬は映画の探偵のように人差し指を立てた。 「俺はただ有川の考え方になるほどと思っただけだ。情報屋が間違った情報を与えるとは思っていない。人間だから多少の誤差があったにしても、だ」 「随分そいつに熱を上げているんだな。だったらその情報屋とやらにくまなく調べてもらえばいい。おまえの疑問がひとつ解決するぞ」 「その情報屋は本物の探偵だから、俺の言ったことは90%以上が真実だ」  そう言って、成瀬は勝ち誇ったように笑った。 「観念して佐和くんと仲直りして来い」

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