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第28話

 成瀬は嬉しそうに言ったあと、雪弥さんに勢いよく抱きついた。 「ひやっ!」  雪弥さんの驚いたような悲鳴が上がる。成瀬はそのまま雪弥さんをぎゅっと強く抱きしめたあと、ぼそりと呟いた。 「辛い思いさせてごめんね、お兄ちゃん」  それに気付いた雪弥さんが、諦めたように笑って成瀬の背中をぽんぽんと叩く。成瀬はしばらくの間無言で雪弥さんに抱きついていたが、そのうち開き直ったように体を起こし、腕を組んだ。 「お兄ちゃんの協力のおかげで全面解決だ。よかったな、有川」 「なんでぼくなんだ?」  ぼくは関係ないだろうと突っ込むと、成瀬は肩を竦めて、口を尖らせた。 「行島たちに有川をレイプするよう指示をしたのが桑島康介だった」 「‥‥え? いや、でも、ぼくはそいつと接点がない。あるとすれば」 「そう、お兄ちゃんと佐和くんと繋がりがあるからさ」 「ちょっと待て、じゃあ集は俺があいつを殴ったから、その復讐のためにレイプされたってことなのか? 行島の個人的怨恨より性質が悪いじゃねえか」 「だからそう言ってるだろ? ぜーんぶ、桑島がやったことなんだ。  ってことで、有川からの質問に答えてあげる。情報屋の正体は教えられないけどね。俺がいままでいろんなことを嗅ぎまわっていたのは、全部操作の一環だったんだ。悪く思わないでね」  成瀬が小さくピースサインをする。ぼくはなんだか釈然としなくて、頬を掻いた。 「理解できない。じゃあ麻野と仲直りしろって迫ったり、妙な情報を教えたのはなんだったんだよ?」 「有川が俺が嗅ぎまわっていることに気付きそうだったから」  にかっと笑う成瀬。ぼくは呆れてしまって、溜め息を吐いた。 「そりゃ気付きそうにもなる。些末的なことにはこだわらないおまえが、重箱の隅をつつくかの如くあらゆる方面から麻野を探っているんだぞ? ろくに部屋の片づけもノート整理もできないおまえがだぞ?」 「そ、それは関係ないじゃないか。それに有川に気付かれたら、佐和くんにまで話が行くだろう。そうしたらクラッシャー佐和くんが先走って、前みたいに不意にすると思ったからさ」 「前みたいって、もしかして、誰かが張ってたのか?」 「そう。それなのに、桑島は佐和くんがいることに気づいて、ビビッて出てこなかったんだ。よっぽど佐和くんが怖かったんだろうね」  ぼくは麻野を軽く小突いた。麻野は気まずそうな顔をして、ガシガシと頭を掻く。そのまま脱力したように床に座り、ベッドに凭れ掛かると、大きな溜息をついた。 「意味わかんねえ。なんで啓がそんなこと捜査してんだよ?」 「俺がするわけないだろ? 考えて物を言えよ、佐和くん。俺はただ、情報屋の言うとおり、ただ情報を集めていただけ。手伝っていたんだ。警戒心の強い桑島がその辺をうろうろしてるのに、佐和くんとは関係のない人間が家を出入りしていたらおかしいだろ?」 「だから、なんでそれを啓がやってるのかって聞いてるんだ」 「俺が依頼したからさ」  端的に成瀬が答える。ぼくは麻野と顔を見合わせた。  成瀬が依頼をした? ぼくが行島にレイプされた件のことだろうか? それが雪弥さんの過去の事件と関連性があったということなら、少なくとも成瀬は雪弥さんの過去になにがあったかを知っていることになる。 「行島たちのこと、おかしいと思わなかった? いくら遊び人でエッチ大好きな行島でも、さすがに男まではヤラないだろう、普通。金でももらえたら別だけどね」 「それがどうしてあいつと関連性があるような話にまで発展したんだ?」 「それは調べたら芋づる式に出てきたんだ。俺だって、最初は可能性を潰す意味合いで依頼しただけなんだ。もし行島たちに裏で有川をレイプしろって指示したヤツがいないんだったら、それはそれで行島たちだけを恨めばいい。でもそうじゃないなら、真犯人を野放しにすることになる。それだけは許せないって思ってさ」 「だから、なんで?」  焦れたように麻野が言う。成瀬はぼくを見て、にっと笑った。 「有川が泣いていたから」  ぼくはなんだか恥ずかしくなってきて、咳払いをして誤魔化した。  そういえば、昔からそうだ。成瀬と付き合うようになってから、ぼくが同級生や上級生に苛められて泣かされていたら、必ず成瀬が助けに来てくれた。自分だってぼこぼこにされているのに、もう大丈夫だからって、笑って言ってくれていた。それを思い出して、ぼくは左手で額を押さえた。 「わかった、もう言うな。麻野、成瀬のおかげで雪弥さんの身の安全も保障されるみたいだし、行島たちのことだって、真相がわかったんだ。もうよしとしよう」  そう言ったが、麻野は不満そうな顔をそのままに、溜息をついた。 「俺が釈然としないのはそこじゃない。なんで雪弥に辿り着いた? あのときのことは、俺と雪弥しか知らない。明にも言ってないんだぞ」 「俺に言われたって困るよ。俺はただ、佐和くんと有川の身辺を洗っていただけだから」  困ったように成瀬が言ったとき、雪弥さんがはっとしたように顔を上げた。 「明、さん」 「え?」 「もしかしたら、明さんが相談したのかも」 「明はなにも知らない。俺は言ってないし、あいつだって」  そこまで言って、麻野はなにかに気付いたように雪弥さんを見た。雪弥さんは眉を寄せたまま、がりがりと爪を噛んでいる。次に麻野が雪弥さんを呼んだとき、雪弥さんはふうっと自分を落ち着かせるように息を吐いた。

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