31 / 44

第31話

 成瀬と合流後、ぼくたちはレーピン展を堪能した。特に成瀬は目を輝かせていた。ぼくたちの関係はいままでどおりにいくのだと思うと、なんだかほっとする自分がいる。 「それにしてもビックリしたよ、有川がチケット代を出してくれるなんて、天変地異の前触れじゃないか?」  おどけたような声で、成瀬。ぼくはムッとして成瀬を睨んだ。 「そんなに言うなら返せ」  右手を開いて突き出す。成瀬はへらりと笑って、「やだよ」と麻野の後ろに隠れた。 「佐和くん、有川がカツアゲするよ。白昼堂々とそんなことをするようになるなんて、佐和くんの影響じゃね?」 「おまえふざけんなよ。俺はカツアゲなんかしねえっての」  麻野が呆れたように言うと、成瀬は楽しそうに笑って、ぼくと麻野の間に割って入ってきた。 「約束、忘れてないよね? 仲直りしたら叙々苑行くってやつ」 「割り勘だぞ」 「えーっ!? 有川のおごりだろ!?」 「馬鹿言うな。麻野みたいにアホほど食べるやつを連れて行けるほどの財力はない。だから割り勘だ」  成瀬は不満そうに口を尖らせたが、いいことを思いついたと手を叩いた。 「佐和くんのうちでやろうか、焼肉パーティー」 「なんでウチなんだよ?」 「だってお兄ちゃんもこれるじゃん。有川のうち、狭いし。うちは妹が二人いるし。いいじゃん、お母さん説得してよ」  成瀬がせがむように言うと、麻野は面倒くさそうな顔をした。けれど少しして、諦めたように頷いた。 「わかった。言ってみる。どうせ明がいないときは悪いこと以外ならなにしても文句言われないし」 「よっしゃ、約束だからね!」  麻野に抱きつきながら、成瀬。麻野は「うぜー」と面倒くさそうに言ったが、成瀬の頭を帽子越しにぐりぐりと両手で撫でていた。いつもなら雪弥さんのこともあって家に人を呼ぶのを断っているが、雪弥さんも落ち着いたことだし、麻野なりのお礼のつもりなのだろうとわかる。  約束を取り付けたあと、成瀬はいつみの迎えに行くからと足早に去って行った。 「騒々しい野郎だな。わざとテンションをあげている感じだったけど」 「緊張していたんじゃないか? 結果オーライとはいえ、裏でごそごそ動いていたことに対して、成瀬にも罪悪感があったんだろ」 「ふうん。どうでもいいけど、集も啓も妙なところを気にするよな」 「麻野がアバウトすぎるんだ」 「まあ、それもあるかもな」  言って、麻野が笑う。ぼくは「そうだ」と端的に返して、麻野のパーカーの裾を引いた。 「そろそろ帰るか? ぼくは課題を済まさないといけないから、今日は泊まれないけど」 「そうだな。夕飯だけでも食べていけよ。どうせ適当にしか食べないだろ?」  麻野の言うとおりだった。家に帰ってなにか食べ物があればそれを適当に調理して食べるだけだ。ぼくは「泊まらないからな」と再度釘をさした。 * * * * *  麻野の家に帰って、ぼくと麻野は思わず顔を見合わせた。リビングから明さんの悲鳴が聞こえたからだ。慌ててリビングに入ったぼくと麻野は、絶句した。  雪弥さんがばっさり髪を切っている。肩甲骨よりも長かったのに、あごのラインよりも少し長いくらいまで短くなっていて、しかも真っ黒だった髪がダークブロンドに変わっていたのだ。少し緩めのパーマまで掛かっている。イメージが違いすぎて驚くだけのぼくをよそに、麻野は安心したように笑った。 「戻したのか?」 「うん。いちいち染めるのが大変だから」  すっきりしたような表情の雪弥さんが笑顔で言う。明さんは驚きを隠せない様子で、雪弥さんの髪を触った。 「雪弥くん、あれだけその髪を嫌っていたのに」 「なんか、面倒くさくなっちゃった」  明さんはそれを受けて、どこかホッとしたような顔をした。  雪弥さんは元々ブロンドの髪らしい。日本人とのハーフだから黒髪なのだと思っていたが、それは雪弥さんがブロンドの髪が目立つからと嫌がって、ある日突然真っ黒に染めてきたのだそうだ。そういえばなにか印象が違うと思って、雪弥さんの顔をじっと見つめる。ぼくは雪弥さんの目の色がいつもと違うことに気付いた。 「カラコンだったんですか?」 「うん。でも面倒だから捨てた。維持費が結構掛かるんだ」 「その色、すごく綺麗」  雪弥さんの目はサードニクスの一番濃い部分に似た色をしている。栗色よりも鮮やかで深い色だ。黒髪の雪弥さんも日本人離れした顔立ちだったが、ブロンドの髪になるとますますその印象を強くさせる。ぼくがぽかんとして突っ立っていたら、雪弥さんは少し照れたように髪を梳いた。 「似合わない?」 「い、いえ。ぜんぜん印象が違ったから、少し、驚きました」 「引っ越して来てからずっと黒かったからね。でもこっちのほうが自然だから」  こっちというのは、ブロンドの髪という意味だろう。ぼくは頷いた。 「なんか、初めて雪弥に会ったときみたいだな。本当はもっと明るいよな、おまえの髪」  雪弥さんの頭をわしわしと撫でながら、麻野が言う。雪弥さんは照れたように笑った。 「じゃあ佐和、あのときみたいに一緒に寝ようか?」  雪弥さんが言うと、麻野は吹き出して、「馬鹿いうな」と雪弥さんの額をこつんと叩いた。  なんだか胸の辺りが暖かい。成瀬のしたことで、雪弥さんがこんなに開放的になるとは思わなかったが、今まで縛り付けていたものがなくなったことで、安心したのかもしれない。ずっと心の奥にしまっていた心の傷も、不自然な状況とはいえ雪弥さんの口から誰かに言えたことも大いにあるだろう。雪弥さんの笑顔を見ていたら、嬉しくて、自然と口元が綻んだ。

ともだちにシェアしよう!