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第40話
公演まであと2日と迫った日の夜、麻野がぼくのアパートを訪ねてきた。もう0時過ぎている。稽古の帰りなのだろう。眠い目を擦りながらコーヒーを淹れていると、麻野が後ろから抱き着いてきた。
「セックスはしないぞ。ぼくはもう眠い」
ぼくの腹の辺りをまさぐる手を捻り、突っぱねる。すると麻野はぼくの後ろで笑って、頭にあごを乗せた。
「溜まってるんだけど」
「知るか」
冷たく言うと、麻野はごそごそとぼくのジャージをずらし、前から手を侵入させてきた。
「コーヒーぶっ掛けるぞ」
そう言うとするりと手が逃げていく。本気でやるわけがないのだが、怪我をすると困るからだろう。ぼくはコーヒーを淹れおえて、麻野を無視してガラステーブルの上にコーヒーカップを置いた。
麻野は嬉しそうに「サンキュ」とだけ言って、コーヒーを啜る。麻野の手は冷たかった。外は随分寒いのだろう。両足を投げ出して床に腰を下ろしている麻野の横に腰を下ろすと、ぐりぐりと頭を撫でられた。
麻野のにおいがする。ぼくは急に体が熱くなってくるのを感じたが、腿を抓って違うと否定した。それに麻野は気付いたのだろう。コーヒーカップをテーブルに置くと、ぼくの体を軽々と持ち上げて、麻野に向き合うような形で、麻野の足の間に座らせた。
「な、なんだよ」
「脱げよ」
「はっ?! セックスはしないっていっただろうが!」
「物欲しそうな顔してるくせになに言ってるんだ。美術室での続きをしよう」
言いながら麻野がカチャカチャと音を立ててベルトを寛げる。そして凶器じみたものを取り出すと、呆気にとられているぼくのジャージと下着を引っ張り、ぼく自身を露出させた。
「ちょ、ちょっと待て! おまえ明日も稽古だろうが!」
「うん、だからこれだけ。本当はおまえを抱き倒したいけど、公演が済むまで我慢する。だからやらせろ」
どういう理屈だと突っ込みたかったが、麻野の頭に我慢の二文字があったことに驚いた。麻野はぼく自身と一緒に自分のものを掴むと、ポケットからなにかを取り出してそれを垂らしてきた。冷たさに体が跳ねる。麻野はぼくの後ろ髪を掴んで無理やりキスをして、ぼくの唇をぺろりと舐めた。
「あー、マジで犯したい」
やべえと言いながら、麻野が手を動かす。くちゅくちゅと粘着質な音があがる。はじめは冷たさと麻野の体温が混じって不思議な感じだったが、徐々に麻野の硬度があがるのを感じて、ぼくは体を捩った。麻野の肩に顔を埋めて声を押し殺そうとするが、麻野が声を出せと言わんばかりにぼくの先端を親指でぐりぐりと刺激する。ローションのせいで滑ったそこはいつも以上の快感をぼくにもたらせた。
「っは、あっ!」
自然と声が漏れる。麻野が我慢しているということは、転じてぼくも同じだけ我慢しているということなのかもしれない。麻野の大きな手がぼくの手を掴み、自身が重なり合っているそこに導いた。
「おまえもしてよ」
掠れた声で麻野が言う。ぼくはごくりとつばを飲み込んで、ぼくたちを掴んだ。ずんと腰が重くなる。麻野の硬さと熱さを文字通り肌で感じて、自分自身がどんどん熱くなるのを感じた。ただ扱くだけでは物足りなさを感じてきて、ぼくはお互いの間に指を滑り込ませた。麻野が短く呻く。そういえば最近麻野とはキスくらいしかしていない。ぼくは息を荒らげながら自身を刺激することに集中した。
麻野の手がぼくの臀部に伸びてきた。ジャージと下着の中に手が滑り込み、少し冷たい指先が入り口に当たる。ぼくが麻野を睨むと、にやりと笑った。
「するだけ」
甘えるように言って、ぼくにキスをしてくる。麻野がぼくの先端を親指の腹でぐりぐりと刺激して、同時に後ろの指が潜り込んできたせいで、ぼくは敢え無くイッてしまった。
「ふっ、っ」
久々に与えられる刺激に息が漏れる。ビクビクと腰が震えるのを麻野が低く笑って、「もうイッたのか」と揶揄するように言った。
ぼくが出したもので麻野自身が濡れている。ぼくは麻野の胸をドンと叩いて、麻野をまたいだ。
「集?」
「黙ってろ」
麻野の手を掴んで乱暴に振り払うと、ぼくはジャージと下着を膝まで下げて、麻野自身を掴んだ。
「積極的だな。おまえも溜まってたんだろ?」
「黙れと言っているんだ」
ほとんど解しもしていないから、この凶器を受け入れるのは絶対に痛い。けれどぼくは自らを窮地に追いやるほど限界を感じていた。照準を合わせ麻野を受け入れる。えぐいほど大きなそれが秘部を広げていく感覚に、ぼくは無意識のうちに声を上げていた。
麻野の視線を感じる。それだけで体が熱くなる。こんな風に自ら求めることはいままでなかったのにと頭の片隅で思いながら、ゆっくりと麻野を受け入れた。
* * * * *
気がついたらぼくはベッドに寝かされていた。朝日が眩しい。目を擦りながら辺りを見回すと、隣に麻野が眠っているのが見えた。昨日ぼくが寝る前に着たジャージとは違うものを着ているところを見ると、行為の後麻野が着替えさせてくれたようだ。
ぼくは自分がしたことを恥ずかしく思いながらも、麻野を蹴った。
「起きろ!」
麻野は迷惑そうに眉を潜めて、ぼくが被っていた布団を頭まで被った。
「おい、寝るな! 稽古はどうするんだよ、公演は明日だろ!?」
麻野を揺さぶりながら言っていると、少しして麻野が迷惑そうに声を上げてぼくをベッドに押し倒した。
「うわっ!」
麻野がぼくの上に乗っかってくる。重いと背中を叩いたが、やめる様子はない。そのままごそごそとぼくの胸に手を這わせていたが、ぱたりとその手がベッドに落ちた。麻野の性欲が睡魔に負けた瞬間だ。
「起きろってば、真澄くんに怒鳴られてもぼくは責任を取らないからな!」
重たいんだよと言いながら麻野の背中を殴っていると、少しして麻野ががバット体を起こした。
「ごちゃごちゃうるせえんだよ、寝かせろ!」
「寝かせろじゃねえよ、稽古に行け馬鹿!」
麻野の腹を何度か蹴りながら言うと、麻野は不機嫌そうな顔でガシガシと頭を掻いて、また横になった。
「あっ!」
もう聞く耳は持たないと言わんばかりに、麻野が布団を頭まで被った。昨日は稽古がハードだったからなのか、それとも明け方までセックスに勤しんでいたせいか、麻野が起きようとする気配はない。仕方がないから朝食を作ってからまた起こすかと思い、携帯を開いたとき、ぼくは思わず二度見した。もう11時過ぎている。
「はああっ!!?」
思わず叫ぶと、麻野が「うるさい」とぼくの足を叩いた。
「うるさいじゃねえよ、起きろ馬鹿! もう11時過ぎてる!」
言いながら麻野をガスガス殴っていると、麻野が驚いたウサギよろしく飛び起きて、ぼくから携帯を引き取った。
「‥‥2時間の遅刻の言い訳はなんにしようかな」
「冷静に言っている場合じゃないだろうが」
「あ、集が珍しくねだってきたから朝まで抱き倒したっていっとこう」
「馬鹿か!? くだらないことを言っていないで早く稽古に行けよ!」
麻野に言われて、瞬間的に顔が熱くなったのを感じ、ぼくは誤魔化すために麻野から視線を逸らした。確かに遅刻は半分以上ぼくのせいだ。
「一緒に謝りに行く」
言いながら上着を脱いでいたら、麻野のショルダーバッグの中からけたたましい音楽が鳴った。麻野が迷惑そうにその正体を確かめに行く。どうやら誰かからのメールだったようで、麻野はメール画面を見た後に吹き出して、ガシガシと頭を掻いた。
「誰?」
「行島。寝坊したって言ってあるからとっとと来いだと」
「意外に理解があるな、真澄くん」
「冗談。どうせ俺が行ったら笑いものにする気満々だよ」
あいつはそういうヤツだと言いながら、麻野が衣服を整える。そしてショルダーバッグを肩にかけた後、振り向いた。
「前に言っていたことが実現できたな」
「え?」
「騎乗位。何回もイッてた。相当溜まってたんだな、おまえ」
「っ、うるさい! そっちこそ‥‥」
反論しかけたが、ぼくは昨日のことを殆ど覚えていないことに気付いた。麻野は顔を赤くしているぼくを笑って、「行ってくる」と部屋を後にした。
何故あんなことをしたのか、自分でも信じられない。急激に恥ずかしくなってきて、ぼくはシンクに溜めていた冷たい水でバシャバシャと顔を洗い、ふつふつと湧き上がってくる気持ちを静めた。
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