6 / 7

第6話 焦げたので

 あの日――  盾は、焦げた。  原因は、まさかの“チン♪事件”。  突如現れた筋肉モリモリ男・レツエンと、謎のハイテク加熱アイテム・レンジ。  その魔力的技術によりチーズはとろけ、パン温められた。  主・シュエンはそのレンジに一瞬でも心を奪われてしまい、盾は、嫉妬と恋心の大感情マグマで我が身を焦がしてしまったのだった。 (恋の火傷が、物理的火傷に……)  つまり、左端の縁がほんのり茶色く焦げてしまった。 (はぁ……なんてみっともない……)  今日もシュエンの背中に背負われている。  だが、盾の心は冷え切っていた。  光沢もいつもより曇っているかもしれない。 (はぁ……我ながら、恋で金属が焦げるなどと、思ってもいなかった……)  しかも、焦げ跡がちょうど“ちゅっ”とキスされたみたいな形をしていて、余計に恥ずかしい。  自己嫌悪。自己崩壊。もう“盾”としてではなく“炭”と名乗るべきでは? (はぁ……)  今日は、あまり見覚えのない山道を歩いている。 (主……どちらへ……?)  森の奥へ、奥へと。 (ど、どこへ……まさか、このまま私を……ポイ……)  泣きそうだ。 (まさか……まさか……)  やがて、森の奥にぽつんと建つ古びた小屋が見えてきた。  看板にはかすれた文字で《道具屋・ちゅるん堂》と書かれている。  道具屋だ。  扉を開けると、シワだらけの店主がいた。  ぼーっとしている盾だが、店主と主の話し声はぼんやりと聞こえてくる。  どうやら、捨てられるわけではなさそうだ。 (ほっ……) 「ならば……これを持っていけ」  そう言って差し出されたのは、小さな小瓶。  ラベルには、可愛らしい字でこう書かれていた。 《愛されちゅるんとクリーム》 (ぁ……あいされ……っ!?) 「焦げた竜鱗もこれで新品のようにツヤッツヤになるだろう」 「そうか。では、有り難く」 (あ、愛され、って、そ、それ、つまるところ私が“愛される盾”として……愛され……シュエン様に、愛され……!)  さらに店主はこう続けた。 「しっかり塗り込んでやれよ」 (ぬ、ぬりこむ……!? ぬり……こむ……♡)  体内温度が急上昇した。 (ダメダメダメ、焦げ広がるぅ!) ✽✽✽  夜、宿にて。  月光が差し込む窓辺、白いベッドの上に置かれた。 (ま……まさか、いきなりベッドイン……っ!?)  シュエンが小瓶の蓋を開けた。  とろりとしたクリーム。  それは月の光を反射してキラキラと輝く。 (ま、待ってシュエン様っ、心の準備が……でもちょっとだけなら……いえ、でも……♡)  シュエンはクリームを指に取り、盾を抱えた。 (く、く、く、来る……! 主の、指が……っ!)  喜びと羞恥で悲鳴をあげる。  きゅいっと間抜けな音が鳴った。 (わっ、恥ずかし……)  そして、指が焦げ跡に触れた瞬間――。 (ひゃぅっ……!?)  気絶した。  この恋、過熱しすぎた。 ✽✽✽  翌朝。  窓から朝日が差し込むなか、盾は椅子の上に戻されていた。  焦げはどこにもなかった。  ハリ、ツヤ、うるおい、輝き。  すべて完璧。 (……主の、指で、手で……磨かれた……)  ただ一つ、問題がある。 (な、なにも、覚えていない……!)  せっかく訪れたベッドタイム――ではなくお手入れタイムを何も記憶していない。  残っているのは後悔と羞恥だけだった。 (そ、そんなぁ……)  シュエンはぐっすりと眠っている。  いつもの朝。いつもの光景だ。 (ま、いいか……)  主の安らかな寝顔を見れば、もうどうでもよくなってしまうのだ。  盾はそっと微笑んだ。  次は絶対、気絶しない。  盾は艶めきを取り戻し、今日もまた――  主を守るため、熱くなる。

ともだちにシェアしよう!