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第9話 とても、かっこよかった
そこからはもう、地獄、と士匄 は思った。こんな場所で、こそこそとセックスをするなど、趣味ではない。しかも、毎日みなで揃う職場である。己がまき散らした生理的なもろもろ、においが消えたとしても、そこに同僚どもが鎮座することを想像するだけで、気持ち悪い。しかし、目の色がおかしい趙武 のほうが、さらに気持ち悪く、恐ろしく、そして、得体が知れない。体格としても膂力としても、士匄が完全に上である。今、立ち上がって全力で逃げれば良い。きっとこの後輩との肉体関係も切れるかもしれないが、それがどうした。とまあ、常識的に考えればこれなのだが、士匄は大きく股を開いたまま寝転び、動かなかった。
士匄の察したとおり、趙武は今、完全に頭に血が上り理性がぶっとび、テンションがおかしくなっている。しかし、だからといって知能指数が下がるわけではない。彼は、士匄が完全に屈服したことを嗅ぎ取り、ニコニコと微笑みながら立ち上がった。
「以前なんですけど。本来は、きちんと管理室に持ち帰らなきゃいけない灯り用の脂 が、この部屋の書簡の奥に放置されていたんです。脂はとっても貴重ですから、数をそろえなきゃいけないでしょうに。きっと、持ち帰り忘れてえ、怒られたくないからあ、知らないってなされた小者の方がおられたんでしょうね。それでまあ、適当につじつまあわせしちゃって、出すに出せず――」
踊るような足取りで歩きながら、趙武が書簡棚に向かう。紐で縛られた木簡の束を無造作に掴んでは、ぽいぽいと床に落としていった。がしゃん、がしゃんと書簡が跳ね落ちる音が響く。士匄はまぬけに股をおっぴろげたまま、ねころび、ぼうっと天井を眺めた。現実感がまるで無い。なんだこれ。趙武が何かペラペラ呟いているが、全く耳に入らない。なんだこれ。
あった、ちょっと固まってるかなあ、まあ使えるでしょ、という独り言を歌うように呟きながら、趙武が戻り、士匄の股ぐらに体を押し入れた。そうして、肛門の穴が伸びるように指でふちを押し引っ張った。
「お待たせしましたね。半月、何もしていないのに、きちんと受け入れる形のままなんですね。そういうものになるのでしょうか。范叔 は欲しがりさんですから、これ以上お待たせするのは失礼というもの。そうやってひくひくふるえて、せかさないでください、はい、はい、入れる前に備えが肝心ですよ」
趙武が、よりによって士匄の股ぐら、否、肛門に向かってニコニコと話しかける。さすがの士匄もいたたまれなくて頬を染めた。まるで、その穴こそが、士匄の本性と言わんばかりの態度である。鼻をすん、とすすり、手の甲で唇を押さえる。
すり、と趙武が脂を塗りつけた。己の手で一旦柔らかく溶かしたのであろうそれは、思った以上にスムーズに塗りたくられる。時折、会陰を押され、擦られ、士匄は、ん、と軽く呻いた。今まで、意図をもって会陰を押された覚えが無い。口の中といい、会陰といい、今日は知らぬ感覚が多すぎる。視界には、宮中独特の天井や柱が映る。数時間前まで、士匄はこの場で堂々と議論を展開し、先達も後輩も唸らせていた。場を支配していたのは士匄である。が、先ほどまでむりやり射精させられ、今は股を開いて、会陰を押され穴に指をあてがわれている。その先をいっそ期待しておとなしく吐息をつく己がいる。現実との解離が酷かった。
縁をつついたり浅いところで脂を練り込んでいた趙武の指が、ぐうっと中に入ってくる。トントン、と前立腺を軽く叩かれ、
「あ、」
と士匄は大きく息を吐いて喘いだ。こりゅん、と力を入れれば剥がれそうな感触の、柔らかな肉を趙武の指腹がくりくりと撫で、さする。陰茎に伝わりつつも得体の知れぬ快感が、いつも襲い、士匄はどうしようもない不安で泣いた。あとになれば何が不安なのか怖いのか分からないこれは、どうしようもない。あ、あ、と嬌声をあげながら、鼻をぐずぐずとすすった。
「さっき、出しましたけど、また出したいですか? 後ろをいじられて、押し出されるように精を放つのお好きですものね、今日も欲しい?」
趙武がすすり泣く士匄を覗き込み、笑んだ。士匄は声もなく、頷いた。ここは嫌だであるとか、目の前の男が気持ち悪い、などとか、もうどうでもいい。性器を直接こすって得られる快感とは違う、中から押し出される悦楽は、すっかり癖になっている。指で弄られ、勝手に垂れ流されていく射精の良さは、奥の快楽ほどではないが、たまらないのだ。
ほしい、という言葉さえ無くすすり泣いて頷く士匄を見て、趙武は心底楽しそうな顔をした。
「かわいい。やっぱり、いやらしいあなたは、とてもかわいい」
ふわふわとした口調で言いながら、趙武が士匄の前立腺をすりすりと撫で、とんとんと叩き、ぐうっと押す。そのたびに、士匄は、あ、あ、と声を上げた。少しずつ、奥も疼きはじめ、腰がゆれる。そこもいい、奥も欲しい。萎えたままの陰茎はだらだらと我慢汁を流して、射精の準備でもしているようであった。
いつもより念入りに、ギリギリまで引き絞られるような愛撫の末、最後には激しく叩かれて士匄はだらりと精を垂れ流した。腰が重く、あ、あ、と吐精しながら喘ぎ続ける。頬をまた、涙がつたった。
「泣いてるあなたも好き、かわいい」
趙武が浮かれた声を出しながら、指を抜き、士匄の陰茎を撫でた。指先についた精液を愉快そうに見たあと、勃起した己の怒張に士匄の体液ごと脂をすりつける。それを肛門のふちにひっかけるようにひたりと合わせ、ずう、と入れ込んでいく。異物がずるずる入ってくる感覚に、士匄は身を震わせた。
「今日の范叔はとてもかっこよかったです。商書 の学びにて、司空 の役職は土地の管理からはじまったとされ、そこから都市や人の管理、そしていまや法制とおっしゃっていた。ゆえに、法制の一族である士 氏が、かつて司空として都市開発も任されていたのはその名残。あなたのお言葉は理路整然。少々、信や情に欠けると私は思うのですが、法や理は国の根幹だと深く感じ入りました」
士匄は、己が今、どこで何をしているのか、いや何をされようとしているのか我に返り、離れようと暴れた。が、趙武は許さず、ずううっとした動きで、己を奥まで入れきった。その快感は、体中に電気が走るほど、気持ち良く、士匄はあー、と大きく声をあげた。
「い、嫌だ、趙孟 、ここは、やだ」
己の顔を覆って訴える士匄を一瞥して、趙武が腰を叩きつける。
「ここまできて、やめる男なんていませんよ」
全くもってその通りである。士匄はそれでも、やだ、と言いながら、あ、あ、と呻く。脳髄がとろけそうな心地であった。趙武はゆっくりと引き、押し込むを繰り返し、時間をかけて士匄を高めていく。肉棒が内壁を擦りながら引いていきほとんど出て行くときの抜けるような気持ちよさのあと、ずりずりと押し込まれて熱を積み重ねるような快楽の圧がくる。趙武のいつものプレイであるが、今日は快感の度合いが強い。士匄は戸惑いながら首を振った。腰が溶けそうな気持ちよさが貫いてくる。
「あ、きもち、いい、だめ、だ、あっ、ひ」
歯を食いしばって耐えようとする、士匄のその唇を、趙武が手を伸ばして撫でた。
「あなたは、お強くて、矜持あるかたですから、それをね、嬲られるとすっごくお感じになられる。ここはあなたが強さ賢さを誇示されている場所。そんなところで、オンナみたいにちんこをつっこまれるなんて、嬉しいに決まっているじゃないですか。中がご満悦なのか、とてもふるえて私に追いすがってる」
そう言うと、ゆっくり腰を引き、ゆっくり入れ込んで、ぐうっと押しつけた。言葉と肉で高められ嬲られた士匄は、のけぞり、
「あーっ、いく、いくっ、あー、きもち、いい、いくっ」
と叫びながら、中で達した。頭の中が撹拌されたように悦びでぐちゃぐちゃであった。ふるえる内側を狙うように、趙武が畳みかけて突いてくる。士匄は、もういってる、いったからあ、また、むり、いくから、と喚く。涎を垂れ流し、敷布を掴もうとしたが、あいにく床である。そうだ、ここは、宮中、と思い出せば、さらに中の肉が熱く思え、士匄は後ろ暗ささえ覚える肉欲に酔いはじめる。
趙武の言うとおり、士匄は強い己が屈服されることに快感を覚えはじめていた。常に自信に満ちあふれ、肉食獣のような空気さえ漂わせる青年は、欲情に身を任せ、上気した顔、はしたなく開いた口をさらし、恍惚を目に溶かし、あられもなく喘いでいる。
「かわいい、いやらしくて本当に、おかわいい」
獣欲をあらわにしながら、趙武がうっとりと呟く。こちらといえば、士匄が淫欲にまみれた姿を愛しんでいるくせに、それが何故か、という部分に蓋をしている。趙武は士匄が抱きたいのではなく、趙 武 に だ け 見 せ た 雌の顔を好んでいるわけである。義兄弟という契約をもって、それを合法的に己のものにしたいのだ。士匄が冷静素面であれば、
「お前は、わたしが恋しいのだ」
と呆れながら指摘したにちがいなかった。
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