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02-2.大公家の花嫁としてオメガになる

 ……早々にオメガになった方が後が楽だろう。  薬を飲んだことによる体の変化に伴う一過性の発情期だ。耐えられないものではないが、それをわざわざ目の前で見たというアーサーの要望に従い、カイルは薬を持ってきたのだ。  ……番う必要はない。  国王陛下の命令により、決められた結婚だ。  婚約を結んですぐにでも結婚をするように命令が出されていた。その為、カイルは大公邸についた時点で既に大公夫人という立場になっていた。三十歳にもなった独り身の甥であるアーサーが相手に逃げられる可能性を心配して、出した命令だろう。  カイルには逃げ道はなかった。  アーサーに借金を肩代わりしてもらったのだ。借金さえなくなれば、以前のような生活をしなければ実家の家族が飢えて亡くなることはないだろう。  ……アーサーに伝えよう。本当に好きな人と番えるように。  隣を歩くアーサーを見上げる。  結婚適齢期を過ぎてまで思い続けているという人に心当たりはない。しかし、その相手を迎え入れられなかったことを考えると胸が痛くなる。  その相手が自分だったらいいのにと何度も考えてきたことだった。 「部屋はここだ」  アーサーは迷うことなく扉を開けた。  案内されたのは寝室だった。 「私室は用意されていないのですか?」  カイルは問いかける。  それに対し、アーサーはなにを言っているのだと言わんばかりの顔をした。 「用意してある」  アーサーは当然だろうというかのように返事をした。 「それなら、どうして、そちらを案内してくれないのですか?」  カイルの質問は当然のことだった。  荷物を置きに行きたいから部屋に案内をしてほしかったのだ。それが寝室に案内されるのと話が違ってきてしまう。 「妙薬を飲むのだろう」 「初夜の日に飲むのが約束ですからね」 「だから、案内した」  アーサーはさっさと寝室の中に入っていく。  ……いや、早々にオメガになった方が楽だとは俺も思ってたけども。  廊下に取り残されたカイルはきょとんとしていた。  まさか、アーサーも同じ考えだとは思わなかった。 「入らないのか?」 「いえ、入ります。……服が散らかっているのはわざとですか?」 「巣を作るのだろう?」  アーサーの言葉にカイルは首を横に振った。  巣作りは発情期の時に行われるオメガ特有の現象の一つだった。 「いずれは作り出すかもしれませんが。今回の発情期は薬の副作用によるものです。巣作りはしないです」  カイルは否定する。  それに対し、アーサーは少しだけ落ち込んでいた。渋々とベッドの上に広げてあった服を片付け始めた。  ……巣作りが見たかったのだろうか。  上手にできる気はしなかった。  期待に応えられる自信がなかった。 「手伝います。どちらにかければいいですか?」 「親切だな」 「アーサーの妻になりましたので。このくらいの手伝いはしますよ」  服にはしわが一つもない。  今日の為に準備をしたのだろう。  ……巣作りの許可は得たのか?  拒否をされた時にはどうするべきか、学んできた知識が一つ無駄になった。 「アーサー?」  カイルは顔を真っ赤にして動かなくなったアーサーを見上げる。  その両手にはアーサーの服が抱えられていた。 「どうかしましたか?」  カイルは問いかける。  それに対し、アーサーはカイルから目を逸らした。 「……嫁がかわいい」  アーサーは小さな声で呟いた。  ……嫁?  カイルは一瞬誰のことかわからなかった。  ……俺のことか?  カイルは自覚をすると頬を赤く染めた。 「アーサー、俺はかわいくないですよ」  カイルは忠誠的な見た目をしている。言葉を発さなければ人形と見間違えられるほどの美貌の持ち主だ。それでもアルファにとっては普通の美貌の扱いだった。 「かわいい」 「ですから、かわいくないと!」  カイルの言葉は途中で遮られた。  アーサーと唇が重なり合う。当然のように舌で唇を舐められ、口を開くように誘導される。それに従ってしまう。  ……まだ薬を飲んでないのに!  逆らえないほどに強いアルファを初めて目にしたことを思い出しながら、カイルは口を開いた。  口の中に舌が入り込む。  互いの舌が絡み合い、唾液が混ざり合う音がする。激しいキスにカイルは腰を抜かし、立てなくなる。アーサーに腰を支えられながら、なんとか、尻もちは回避できた。 「急になにをするのですか!」  カイルは自由になった途端に声をあげる。  腰砕けになるほどに甘いキスをしていた直後とは思えない。 「我慢ができなかった」  アーサーは悪びれない。 「薬を飲むまでは我慢してくださいよ」 「飲むのか?」 「そういう王命ですから。それにアルファのアーサーと結婚するのにはオメガになる必要があります。結婚したのですから、俺はオメガにならなければなりません」  カイルは変なところで真面目だった。  オメガについて調べながら、法律に抜け穴がないか確認をしていた。すると、バース性に関する法律の中に結婚はアルファとオメガに限ると書かれているものがあった。確実に子を残す為の法律だろう。 「アルファに未練はないのか?」  アーサーの問いかけに対し、カイルはアーサーを睨みつけた。  ……無神経なところが嫌いなんだよ。  アーサーは無神経なところがある。それを自覚していない。  カイルの機嫌が悪くなったことをアーサーも察したようだ。 「悪かった」  アーサーはすぐに謝罪の言葉を口にした。 「大公が簡単に謝らないでください。仮にも人の上に立つべき人でしょう」  カイルの言葉にアーサーは困った顔をする。  ……鉄仮面の騎士団長の異名が台無しだな。  表情が変わらないことからつけられた異名は、カイルの前では台無しになっている。そのことにアーサーは気づいていないのだろう。

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