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02-3.大公家の花嫁としてオメガになる※
「アルファには未練がありますよ。生まれ持った性別ですから、当然でしょう」
カイルは覚悟を決めた。
二人きりになったら打ち明けると決めていたのだ。
「アーサーの妻になる為です。オメガになると一か月かけて覚悟を決めました。いまさら、取り消しにはさせませんよ」
「取り消さない」
「それはなによりです」
カイルの勢いに押されたように、アーサーは何度も頷いた。
……大丈夫だ。アーサーならば、受け入れてくれる。
このまま妻として傍にいることはできるだろう。
しかし、アーサーの想い人のことを考えると心が苦しくなる。
「俺はアーサーの番になれなくてもかまいません」
「なに?」
「番にするのは想い人にしてください。結婚はできませんが、愛人を傍に置くのを拒む権利は俺にはありませんので」
カイルの言葉を聞き、アーサーはため息を零した。
信じられないと言いたげな顔をしていた。
「勘違いだ」
アーサーは否定した。
……勘違い?
想い人がいるのだろうというのは有名な噂だ。社交界に出ていれば毎回聞く話だ。騎士団の中でもそのような話題になったことがある。
……想い人はいないのか?
恋をしたこともないのだろうか。
それならば、番になるなど酷なことだ。
「私はカイルが好きだ」
アーサーは想いを告げた。
言葉にしなければカイルには伝わらないと判断したのだろう。
「へ?」
それに対し、カイルは変な声をあげた。
理解が追い付かなかった。
……見られていたのは、好意からだったのか……?
視線を感じることが多々あった。騎士として監視されているのだと思っていた。
「カイルは?」
アーサーの問いかけの意味はカイルに伝わらなかった。
カイルは首を傾げる。
この手の話題に弱いことはアーサーもよく知っていた。
「私のことが好きなのか?」
「……たぶん。どちらかというと、好きかと思います」
「あいまいだな」
アーサーは笑った。
それから、ベッドに腰かける。
「番契約はする」
アーサーは断言した。
「私以外にフェロモンを撒くな」
アーサーの言葉に対し、カイルは頷いた。
……所有物にするってことか。
ただし、アーサーの真剣な言葉の意味は履き違えられていた。
……意外と独占欲強いんだな。
きゅんっと胸の奥が高鳴るのを感じる。
「わかりました」
カイルは素直に頷いた。
その姿を見てアーサーは安心したようだった。
「飲んでくれないか」
「え?」
「例の薬だ。持っているのだろう」
アーサーに言われ、視線を鞄に向ける。
鞄の中には小箱がしまわれている。
「でも、まだ、夕方ですし」
性転換の妙薬を飲めば発情期が来る。
その発情期は期間は短いものの、アルファの性欲を誘発するフェロモンが出続けるものだ。番契約を結び、セックスをすれば簡単に治まる副作用である。
本物の発情期とは違う。
頭ではわかっていても、目の前で飲むように言われると緊張する。
「関係ない」
アーサーは言い切った。
夕食は既に子爵邸で済ませてある。家族で過ごす最後の時間として、早めの夕食会になったのだ。そのことをアーサーも知っていた。
「番契約を結んでほしい」
「はい」
アーサーの申し出に対し、カイルは頷いた。
断ることはできなかった。
「副作用はご存知ですよね」
「知っている」
「それなら安心です。俺の理性は飛ぶと思いますので」
カイルは鞄の中から小箱を取り出し、小箱を持ったまま、アーサーの隣に座る。
小箱の蓋を開ける。中には紫色の液体が入った小瓶がある。
性転換の妙薬は危険な薬だ。その為、私用をする為には国王陛下の許可が必要となる。必然的に使えるのは貴族だけである。
「飲みますね」
カイルは迷うことなく、小瓶を傾けて液体を飲み干した。味はしないが、飲み込んだ瞬間に体の中から熱があふれ出すのを感じた。
……熱い。
体中から汗が出てきているのを感じる。
……甘い匂い。
頭がぼんやりとする。
甘い匂いを感じた。
それがカイルが放っているオメガのフェロモンだとぼんやりとした頭で理解をする。体が少しずつアルファからオメガに切り替えられていくのを感じる。
不思議なことに痛みはなく、熱に浮かされているような気分だった。
「……アーサー」
カイルはぼんやりとした口調でアーサーを呼ぶ。
それからアーサーを誘惑するかのように、手に触れる。
「からだ、あつい、です」
「わかっている」
「きしだんちょー、へいき、ですか?」
カイルがアーサーを団長と呼ぶのは慣れているからだろう。
三年間呼び慣れてきた名を口にするだけで安心感を得られた。
「平気ではないな」
アーサーはカイルの腕を掴み、組み倒す。
「理性が飛ぶのは私も同じだ」
アーサーはカイルの唇に噛みつくようなキスをする。
乱暴な舌使いにカイルは翻弄されていくだけだった。それに抵抗をしようとは思えない。
頭がぼんやりとしていて、なにをされても気持ちがいいと思えてしまう。
「カイル」
アーサーはキスをするのを止めた。
既に蕩けた目をしているカイルはアーサーに名を呼ばれたことは認識しているようだが、ぼんやりとしていて、返事をしない。
「カイル」
アーサーはもう一度名を呼ぶ。
「はーい」
カイルは気の抜ける声で返事をした。
頭がぼんやりしていて、体が気持ちいいことを求めてしまう。
「愛している」
アーサーはカイルの首筋にキスをする。
それに対し、カイルは違うと思ってしまった。
「ちがう」
カイルは呂律の回らない口調で否定した。
涙が出てくる。
「ちがう」
泣きながら否定する。
それに対し、アーサーは困ったような顔をして、慣れない手つきでカイルの頭を撫ぜた。その仕草は幼い頃にされたものと同じだった。
心の奥底に閉じ込めていた恋心が溢れるのを案じた。
「なにが違う?」
アーサーは問いかける。
「ばしょ、ばしょがちがう」
カイルは熱に浮かされながら、必死に頭を傾けた。
首筋が見えるように必死に動かす。
その仕草にアーサーは唾を飲み込んだ。
「首を噛んでいいのか?」
「うん。うん。かんで、おねがい、あつくて、くるしいの」
「そうか。わかった」
アーサーはカイルの体の向きを変えさせ、うつぶせにする。
そのまま、首筋を噛んだ。
「ふ、あ、あああっ」
カイルは喘ぎ声をあげた。
噛まれた勢いで射精をする。快感が体中に巡り渡り、頭の中が真っ白になる。
「カイル、大丈夫か?」
アーサーはカイルに声をかける。
しかし、カイルは快楽の渦の中にいて返事ができない。電気が走ったかのように体中が痺れるような快感だった。
「カイル?」
アーサーはカイルの首に手を伸ばす。
はっきりと残った噛み痕は消えることがないだろう。それと同時に充満していたオメガのフェロモンの匂いも薄れていく。
「は、ひぃっ」
カイルは快感に震え、もう一度、射精をする。
首に触られただけで限界だった。
名前を呼ばれるだけでも快感につながる。こんな体験は初めてだった。
「んっ、あっ」
カイルは甘い声をあげ続ける。
アーサーが噛み痕を愛おしそうに口付けしたのだ。それだけで達してしまいそうだった。体が敏感になりすぎている。
下着が濡れているのが気持ちが悪い。
しかし、どうすることもできなかった。
「アーサー」
カイルは甘えるような声を出した。
「噛んで」
カイルはおねだりをする。
もう一度噛んでほしかった。そうすれば気持ちいい気分がずっと続くような気がしたのだ。
「わかった」
アーサーは快く引き受けてくれた。
それから首筋を噛む。
「痛い」
「すまない。強く噛みすぎたようだ」
「さっきは、気持ち良かったのにぃ」
カイルは理解をしていなかった。
番契約が結ばれたことにより、噛まれたことが快感につながっていただけである。そのことを理解するほどに冷静さを失っていた。
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