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03-3.初めての恋
「アーサー。覚えていますか? 俺とアーサーが初めて会った日のことを」
「覚えている」
「そうですか。覚えていてくれたのですね」
カイルは嬉しそうに笑った。
……こんなに嬉しいとは思わなかった。
忘れられていると思っていた。
「十年前。公爵――、いや、子爵に紹介されたのだったな」
アーサーは懐かしそうに話し出した。
「あの頃からカイルはかわいらしかった」
「褒めてますか? それ。嬉しくないんですけど」
「褒めているつもりだが」
アーサーの言葉に対し、カイルは頬を赤く染めながら反発した。
……十歳も離れているとそういう感覚なのか?
子ども扱いを受けるつもりはない。
カイルも二十歳になったのだ。立派な成人男性である。
「……俺はアーサーが初恋でしたよ。アルファと聞いても諦められませんでした」
カイルは恥ずかしそうに言葉を口にした。
その言葉を聞き、アーサーは意外そうに眼を見開いた。驚いたのだろう。
……恥ずかしい。
素直に振る舞うことが難しいと自覚する。
……でも、言わないと。
言わなければ伝わらない。
黙っていられるほどにカイルは大人しくなかった。
「騎士になったのも、アーサーに憧れていたからです。なにより、近衛騎士団に入るようにアーサーに言われたからこそ、がんばってきたんですよ」
「そうだったのか」
「はい。……気持ち悪いですか? 十年も初恋を引きずっているなんて」
カイルは恐る恐る問いかける。
恋心には蓋をして生きてきた。それは叶うはずのない恋だと決めつけてきた。偶然、恋が叶う機会を手に入れたことに舞い上がってしまい、つい、余計なことまで口にしてしまう。
「気持ち悪くはない」
アーサーははっきりと言い切った。
「私も一目惚れだ」
アーサーはカイルに優しく口付けをする。
触れるだけのキスは名残惜しそうに離れていく。
「十歳の子どもに恋をした。自分のことながら、醜いと思った」
「アーサーもですか? 気づかなかったです」
「そうだろうな。お前は鈍感すぎる」
アーサーはカイルの髪に手を伸ばした。
指で優しく髪を解いていく。
「鈍いつもりはありませんが」
カイルは困ったように言葉を口にした。
自覚はなかった。
「自覚はないのか」
アーサーは困ったような顔をした。
「これから苦労する」
「なにかあるのですか?」
「大公夫人にふさわしくないと思う連中がでてくるだろう」
アーサーの言葉を聞き、カイルは納得した。
大公夫人の座に夢を見ていた令嬢だけではなく、夢を見がちな年頃のメイドたちからも敵視を向けられることになるだろう。元アルファのオメガは敵を作りやすい。
「私はカイルだけでいい」
アーサーは断言した。
それは一般的な貴族のように第二夫人や第三夫人を持たないという意味だろう。そこまで理解をしたカイルは深く頷いた。
「運命だと思った」
「運命ですか? ですが、俺は元々はアルファです」
「アルファ同士でも結ばれるものだと思っていた」
アーサーの言葉を聞き、カイルは首を横に振る。
……妙薬を飲まなければ結ばれなかった。
アルファ同士で結ばれるようになったのは最近の話だ。しかし、運命の番と出会い、番を解消するなどと言った事例もあふれ出している。
性転換の妙薬を使ったところで運命の番には抗えない。
……運命が現れたら?
もしも、運命の番が現れてしまった時にはアーサーはどうするのだろうか。
得体のしれない不安感を抱く。
「運命の番ではありませんよ」
カイルは言い切った。
アーサーに好意を抱き続けてきたが、運命だと感じたことはなかった。運命の番に遭遇する確率は極めて低いことをカイルは知っていた。
「遭遇率が限りなく低いでしょう? 俺たちは――、いや、セシリアが婚約を破棄されたからこそ、借金返済のために俺は大公家に売られてきただけの存在です」
カイルの言葉に対し、アーサーは首を横に振った。
「売られたわけではない」
アーサーは否定した。
「私が陛下に直談判したのだ」
「アーサーが? 一体、どうしてですか」
「そうしなければ手に入らないと思ったからだ」
アーサーは真剣だった。
カイルが手の届かないところに行ってしまうくらいならば、性転換の妙薬を使い、手元に置いておきたかった。それがカイルのすべてを奪う結果となってもかまわなかった。
「すまないことをした」
アーサーは謝罪をした。
「私はカイルの騎士人生を台無しにしてしまった」
「かまいません。セシリアが婚約を破棄された時点で諦めていましたから」
「それでも、アルファだったならば、部隊を変わるだけですんだだろう」
アーサーの言葉に対し、カイルはすぐに言い返せなかった。
アーサーの言葉は正しい。
カイルはアルファのままだったのならば、近衛部隊から外されてはいたものの、騎士団には残れたはずである。しかし、カイルはそれを望まなかった。
「俺はアーサーの元で働いていたかったんです」
カイルは本音を口にする。それが叶わない願いだと知っていた。
「ですから、謝らないでください。アーサーの番に選ばれたことは俺の誇りです」
カイルは笑ってみせた。
体はアルファからオメガに作り替えられた。その際、痛みは問わなかった。痛みの代わりに発情期を体験する仕組みになっていたのだろう。
体が無意識に番であるアーサーを求めている。
それが依存体質に変化したことなのだとカイルもわかっていた。
「元はアルファです。周囲に強く言われても屈することはありませんよ」
「そうだろうか」
「そうです。だって、性格までは変えられないでしょう?」
カイルは言い切った。
性転換の妙薬は第二性を変えるだけの薬だ。それに伴い、様々なことが変わってくるのだが、生まれ持った性質と性格だけは変えることはできなかった。
その為、オメガになったアルファの自殺率は依然として高いままである。
自尊心の高いアルファがオメガの体質になることを受け入れられない場合がある。
自ら望んだことだと忘れてしまったかのように、番契約を結んだ直後に自ら命を絶つことがある。
アーサーはそれを恐れていた。
周囲の変化にカイルが追い詰められるのではないかと、警戒していた。
「俺は俺です。オメガになって、アーサーの子どもを産める体質になっただけの話です」
カイルは自我が強かった。
堂々と言い切る姿を見てアーサーは安心したようだ。
「そうだな」
アーサーはカイルの言葉を肯定する。
「心配は必要ないな」
「はい。必要ありませんよ」
カイルはいつも通りに穏やかな顔をしていた。
それに対し、アーサーは安心感を抱いた。
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