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01-2.大公の幼馴染は番を認めない
それに対し、ダリアは大泣きを始めた。
我儘の通らない子どものように泣き始める。それに対し、周囲は冷ややかな目をしていた。
「言い争いは他でしてくれますか」
カイルはタオルで髪を拭きながら、呆れたように言った。
「どちらにしても、このことはアーサーに報告します」
「ご容赦を――」
「できません。番を害されるのはアルファにとって、もっとも、許せないことですので」
カイルは言い切った。
メイド長はカイルの言葉に黙ることしかできなかった。
「番?」
ダリアはようやく番契約を結んでいることに気づいたようだ。
そして、軽蔑をするような目をカイルに向ける。
「強引に迫ったのね! これだから、オメガは!」
「ダリア! 言葉に気を付けなさい!」
メイド長は素早くダリアの口を手で塞ぐ。
その手は震えていた。
……オメガになにかをされたのだろうか。
オメガは希少な存在だ。特殊な性を持っている為、隠している人も珍しくはない。
……どうでもいいか。
ダリアに対し、関心を抱けなかった。
子どものような振る舞いをするダリアはカイルよりも年上だ。その醜い姿とみっともないだけの自意識過剰な発言には頭痛がする。
ダリアはアーサーの特別ではない。
特別な待遇を受けるのはカイルだけだ。
「メイド長、俺は執務室に戻る。それは適切な対処をするように」
カイルはメイド長に告げた。
その言葉はダリアに対する言葉でもある。主に歯向かった者に対して、正しく処理をすることができなければ、メイド長も解雇するという意味を含む言葉だった。
それはメイド長には伝わった。
「かしこまりました。カイル様」
メイド長は深々と頭を下げる。
……やることは与えられている。
近衛騎士団の騎士団長として日々忙しく過ごしているアーサーに代わり、大公としての業務が山のようになっている。
カイルに与えられた仕事はその書類の山を片付けるものだった。
カイルは執務室に向かって歩き出す。
その姿を非難する者はいなかった。
「……ありえない」
ダリアだけが声をあげた。
震えていた。
アルファの威圧を受けたからだろうか。その体は恐怖で震えていた。今にも泣きそうな顔をしてダリアは虚勢を張るしかなかった。
「だって、オメガでしょ」
ダリアはメイド長に問いかける。
オメガだからこそアーサーの番に選ばれたのだと信じて疑わないようだ。
それに対し、メイド長は難しそうな顔をした。
「昨日まではアルファだったお方です。国王陛下より妙薬を与えられ、オメガになったのですよ。ダリア、ミーティングで伝えたでしょう?」
「聞いてないわ!」
「いいえ。伝えました」
二人の会話が遠ざかる。
それに対し、カイルは足を止めることはしない。
……やはり、アルファの威圧は残っているのか。
性格に由来するものは残るだろうと考えていた。
アルファの威圧が残っているのは体質が変わっている最中だからこそ、かもしれない。本来ならば、番が害された時にのみ発動をするはずだ。
……中途半端な存在になったな。
自ら命を絶つ者の気持ちもわかってしまう。
それほどにアルファであった頃とオメガになった後では、周囲の目が違う。差別慣れをしていない元アルファには耐えられないことも多いだろう。
階段を上り、廊下を歩く。
執務室に向かっている間、自身の変化について考えていた。
……発情期は一か月後か。
前回の軽い発情期ですら理性を手放していた。それを超える本格的な発情期になれば、カイルの意識はなくなってしまうだろう。そこにいるのは理性を手放していた獣のような本能だけで発言をするカイルになっている可能性が高い。
……抑制剤を飲むか?
アーサーに心配をかけたくなかった。
既に巣作りの許可は得ている。しかし、理性を手放した姿を見せたいものではない。
子どもに戻ったかのような幼い言動はカイルの自尊心が許せなかった。
「……本当に山だな」
執務室の扉を開けた途端、思わず、言葉にしていた。
机の上には未処理の書類が山のように積まれている。仕事が追い付いていないのだろう。
……騎士団長の仕事をしながらでは無理がある。
アーサーの両親は若くして亡くなっている。
その為、大公の座を引き継いだのはアーサーが十代の頃だった。
「片付けるか」
カイルは背伸びをした。
それから迷いなく執務室に入っていき、扉を閉める。
……書類仕事を代わりにやる人を雇用しなかったのだろうか。
それとも、雇用してこのありさまなのだろうか。
……メイドの管理も行き届いていなかったしな。
寝起きをする為だけに邸宅に帰ってきていたのだろう。
メイドや執事の管理は、それぞれの長役に任せたままになっていた。
……重要書類ばかりじゃないか。
大公領に関わる書類を手にしたカイルは眉間にしわを寄せた。
大公領の税収を下げてほしいと懇願する平民や平民を束ねている村長からの嘆願書が埃をかぶっていた。
実家ではありえない話だった。
嘆願書を送ってきたところで実家ならば動かない。税収はそのまま家の資産に繋がる大切なことだ。だからこそ、下々の者が苦しんでいたところで動かなかった。
カイルはそれが両親の嫌いなところだった。
……これはアーサーに直接相談だな。
アーサーの判断に任せなければいけない書類は右側に置いていく。
執務室の席に着き、真っ先に行うのは書類の整理だった。
……今日は早く帰ってくると言っていたか。
いつもならば、自らの意思で残業をしていたはずだ。
しかし、番契約を結んだことが影響をもたらせたのだろう。番を一人にしさせたくない、独占したいというアルファの本能がアーサーの帰宅時間を早くさせた。
そのことをわかっていたのにもかかわらず、カイルは集中していた為、時間を確認していなかった。
昼食の声掛けをされても曖昧な返事だけで食事を抜き、書類仕事に没頭する。
それはカイルの悪い癖だった。
「カイル」
アーサーに名を呼ばれ、ようやく、手を止めて顔をあげた。
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